「ハドソン川の奇跡」レビュー:英雄視報道の裏で機長は追い詰められていた

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あまりにも有名な事故の陰で知られていなかった事実

Catch20161027

2016年9月24日から日本でも劇場公開が開始された映画『ハドソン川の奇跡』を映画館で見てきました。

監督はクリント・イーストウッド、そして主演はトム・ハンクス。もうこれだけで「見てみたい」と思わせてくれるのですが、何よりもこの作品を「見に行きたい!」と思わせた理由は、この事故について知っていたし、加えて「知らなかった事実を知りたい」と感じたから。

この作品は2009年にアメリカ・ニューヨークで実際に発生した航空事故を描いた「実話に基づく物語」です。

この事故は世界中でセンセーショナルに報道されたので、おそらく大多数の人は「この航空事故がどういう結末だったか」について知ってるはず。そういう意味では既にネタバレとなってるんですよね。

ただ、映画SNSのレビューや映画サイトのコメントを読んで驚いたのは、この事故について知らない人がけっこう多いんです。

若い世代なら知らなくても仕方ないけれど、2009年の事故なので8年前ですよ。日本でも毎日のように、どのテレビ局の、どのワイドショーでも大袈裟なくらい感動的な論調で数日間にわたって何度も何度も報じられてた「奇跡の生還劇」だったのに、知らない人がこんなにもいるんだ。

中には「ハイジャック犯と闘う映画かと思った」「銃撃戦があるかと思ってた」などと書いてるレビューもあったりして、アナタたちはトム・ハンクスに何を期待してるんだよと。

2009年に発生した「実際の事故」について

実際の航空事故が発生したのは、2009年1月15日。現地時間の午後3時30分頃だそうです。

ニューヨーク発、シアトル行きの便で、USエアウェイズ社の1549便。機体はエアバスA320。

乗務員は5名。機長はチェズレイ・サレンバーガー氏、当時57歳。元アメリカ空軍に所属していたパイロットで、フライト歴40年の大ベテラン。

副機長はジェフリー・B・スカイルズ氏、当時49歳。他に客室乗務員として3名の女性が同乗していました。

乗客は150名。確か日本人の乗客もいたはず(当時インタビューで事故の様子について語っていた記憶があります)。

というわけで乗員乗客合わせて155名を乗せたUSエアウェイズ1549便は、ニューヨーク市にあるラガーディア空港を離陸。

そして離陸直後、バードストライクによって左右両方のエンジンが破壊されてしまいます。

バードストライクという言葉は最近よく聞くようになりましたが、飛んでいる航空機と鳥が衝突することで故障などが生じる現象です。

旅客機の両翼下に設置されてるエンジン部分に鳥が突っ込むことでエンジンが破壊されたり(たった1羽だけの衝突でもエンジン破壊の恐れがあるそうです)、セスナ機など小型機のフロントガラスに鳥が衝突してガラスが割れる被害などがあります。

で、今回のUSエアウェイズ1549便は運悪く野鳥の群れと離陸直後に遭遇してしまったらしく、複数の鳥が突っ込んでしまったことで両側ともエンジンが壊れてしまいます。片側だけでも危険なのに、両側なんですよ。

USエアウェイズ1549便飛行経路

▲ 上の画像はウィキペディアに掲載されている「USエアウェイズ1549便の飛行経路図」。

午後3時26分、ラガーディア空港を離陸した1549便は北へ進路を取り、直後の3時27分、バードストライクで左右両方のエンジンを損傷したと最初の報告を管制官におこなっています。

コクピット内で緊急措置の操作をしつつ空港管制官と交信していたサレンバーガー機長は、いったん「(離陸した)ラガーディア空港に引き返す」と告げ、管制官は左旋回してラガーディア空港に戻るよう指示。

しかし離陸直後にエンジンを損傷したため高度やスピードが足りないこと、そして機体の状況などから機長は即座に「引き返すのは無理だ」と判断。この時点で「ハドソン川に下りるかもしれない」と告げています。

3時28分、進路方向の右側に空港があるのを機長がコクピット内から目視で確認。テターボロ空港だと管制官から告げられた機長たちはテターボロ空港への着陸を目指します。

しかし同様に高度とスピードの問題、そしておそらく空港滑走路への進入角度の問題もあり(=全てのエンジンが破壊されたので、上空を旋回して滑走路に進入するよう調節して操縦することが極めて困難)、テターボロ空港への着陸も無理だと判断し、断念。

3時29分、「やはりハドソン川に下りる」と機長が管制官に伝え、やがて低空飛行になったため管制塔のレーダーでは機体が捕捉できなくなります。

左旋回の後、ハドソン川に沿って南に進路を変えて飛行し、高度と速度を徐々に落としていった機体は3時31分、ニューヨーク市内のハドソン川に不時着水

バードストライクのためエンジンが破壊されてからハドソン川に不時着水するまでの時間が、わずか208秒。たったの3分半なんですよ。

この短時間で機長と副機長は空港に戻れないという判断や川に下りるという判断、そして高度や速度を調節して不時着水する操縦をこなしてるんです。判断を一歩間違えていたら、機体は大都会ニューヨークの市街地に墜落し、多くの市民を巻き込む大惨事となっていた可能性が極めて高かったことが映画の中でも語られています。

事故が発生した1月15日、ニューヨークは真冬。着水したハドソン川の水温は2度、そして気温は氷点下6度。極寒です。

不時着水直後、機長と副機長そして客室乗務員は冷静に対応し、川の水が浸水し始めていた機体後方のドアを開けないことで浸水を最小限にとどめ、前方ドアから脱出シューターや両側の主翼上に観客を避難させるよう誘導。

このとき、不時着水した現場の近くを偶然航行していた旅客フェリーが着水から4分半後に現場到着して救助活動を開始。

また沿岸警備隊や消防局の船、そして救助ヘリが短時間のうちに次々と到着して迅速な救助活動が展開され、負傷者は出たものの乗員乗客155名の全員が無事救助され、死者はゼロ。

全員の救助が完了するまでの所要時間は30分かからなかったんだそうです。そして不時着水から約1時間後に機体は水没して沈んでしまいました。

機長たちの判断、不時着水した場所、そして迅速な救助活動など、様々な偶然や幸運が重なった末の全員生還。当時のニューヨーク州知事が「ハドソン川の奇跡(Miracle on the Hudson)」と称賛し、連日ニュースで報道されていました。

この航空事故に関して、サレンバーガー機長自身が回想記を出版しています。

イーストウッド監督の演出意図

映画の邦題は『ハドソン川の奇跡』ですが、原題は『Sully』となっています。これはサレンバーガー機長の愛称「サリー」から取られており、劇中でもサリーと呼ばれる場面が多々あります。

原題からも分かる通り、この映画は一連の航空事故がメインというよりは、機長であるサレンバーガー氏にフォーカスが当てられており、2009年1月15日の航空事故を機に彼の人生がどう変貌していったかの描写もあります。

今作を映画館へ見に行く前、余計な情報収集はしなかったんですよ(元々の事故についてそれなりに知ってたのもあって)。

なので正直、この映画はパニック的な要素も含めて「感動の救出劇をメイン」に描いてるものだとばっかり思ってました。SFXとか特撮技術を駆使した迫力ある飛行シーンと川への不時着シーンを見られるのかなと。

しかし冷静に考えたら、バードストライクから不時着水まで3分半なわけで、これを2時間に引き延ばして映画1本作るのって相当大変ですよね。間延びしまくるだろうし。

で、実際に映画を見始めたら、序盤からいきなり「あれ?」「は?」という感じで、自分の想像していた描写とは全然違う展開になります。おそらく多くの方々(=特に実際の事故を知ってる方々)は同じような印象になるんじゃないかな。

要するに、航空事故の再現シーンが断片的にしか描写されないんですよ。ブツ切りにされてる感じ。

このまま最後までこんな感じでシナリオが進むと、確かに意図は分かるんだけど少々「消化不良」な感じがするなーと若干不安だったのですが、途中から事故の詳細な顛末が細かく描写され始めます。

これも見終わってから分かるんですが、時系列を少々ヒネっていて、クリント・イーストウッド監督の意図した演出なんだなと気付きます。

クリント・イーストウッド監督は今までも「実在の人物」や「実際にあった出来事」を題材にした映画を何本か撮ってますが、あんまり時系列をイジったりヒネったりしない監督という印象だったんですよね。

たとえば『インビクタス』は、南アフリカで初めて黒人の大統領となったネルソン・マンデラ氏と、南アフリカ人種差別撤廃の象徴としてマンデラ氏が心血を注いだラグビーの南アフリカ代表チームについて描かれています。

この『インビクタス』は、言ってしまえば時系列そのまんまなんです。マンデラ氏が大統領に就任したところから始まって、南アフリカで開催されたラグビーのワールドカップをクライマックスに持ってくればいい。

アメリカン・スナイパー』という作品も、アメリカ海軍の特殊部隊に所属していた狙撃の名手、クリス・カイルという人物の物語。

なぜ彼が海軍に志願したかの描写があって、特殊部隊に入って、イラク戦争に行って、結婚してまた出征してという、これも時系列通りなんです。というか時系列通りにしないと終盤でいろいろ話が狂ってしまう。

ところが『ハドソン川の奇跡』は事故の後から始まって、いろいろ時系列が行ったり来たりします。

普通に考えればですね、時系列通りに不時着水までの衝撃的な描写だったり感動的な救出劇だったりを序盤で描いてしまったら後半どうするんだよ、って話ですから(しかも飛行時間が3分半だぜ)、そういうのも含めて映画館に行く前とは全然印象の違う作品内容となってました。

機長を追い詰める「NTSB」の存在

飛行機がハドソン川に不時着水して乗客乗員155名全員が助かったという作品の大前提は見る前から既にネタバレ状態なわけですから、じゃあどういう風に描くんだろうとなると、この映画の宣伝フレーズにもなってた、

「155人の命を救い、容疑者になった男

ってのが引っ掛かってくるんです。容疑者って何だよ、そんなの当時報道されてなかったし、全然知らねえぞ、って。

155名全員の命を救ったことでサレンバーガー機長は一躍「時の人」として英雄視され、ニュースでも常に称賛され、メディアに執拗に追い掛けられ、テレビ番組にも次々に出演を要請されたりします。

ところが一方で、この航空事故を調査するため「国家運輸安全委員会」という組織が機長や副機長にヒアリングをしたり、事故当時のデータを収集して分析したりするんです。

国家運輸安全委員会は「NTSB(National Transportation Safety Board)」という略称で、劇中でも頻繁に登場します。

このNTSBの調査委員たちがイジワルそうな雰囲気をかもし出していて、サレンバーガー機長を追い詰めていくことになるんです。プロレスでいう悪役みたいな感じですね。

いやいや、サリーはヒーローなんでしょ? 全員の命を救ったんだよ? って話なんですけど、NTSBがジェイソン・ボーンにおけるCIAみたいな悪の組織だという意味ではなく(あ、こんな事を書くとまた命を狙われる)、NTSBも仕事としてやってるんです。

じゃあNTSBがなぜ悪役っぽく描かれてるかというと、彼らが事故について様々に調査した結果として、

◆サレンバーガー機長は最初、管制官に「ラガーディア空港に引き返す」と伝えているのに、なぜ戻らなかったのか。

◆両方のエンジンがバードストライクにより破壊されたと証言したが、データ検証などの結果、完全に破壊されていたのは右エンジンだけで、左エンジンは壊れていたものの多少の挙動があったとの調査結果がある。

◆それらの調査結果を踏まえてコンピューターによる飛行シミュレーションをしたところ、左旋回してラガーディア空港まで引き返す、あるいは進路方向にあったテターボロ空港で緊急着陸すること、どちらも可能だったという結果が出た。

◆同じく航空シミュレーター機器でパイロットたちに事故の状況を再現させて飛行シミュレーションをさせたところ、ラガーディア空港、テターボロ空港のどちらにも安全に着陸成功させることが出来た

◆以上の調査結果から判断するに、サレンバーガー機長の「川に不時着水する」という判断は早計で、近隣の空港に安全着陸できていたにもかかわらず無用な不時着水を決行したことで乗客を生命の危機にさらしたのではないか

◆飲酒やドラッグなどはしていなかったのか。あるいは家庭内不和や人間関係の問題などストレスは影響していなかったのか。

こういった疑惑を追及してくるわけです。文章で書くと難解ですけど、映画を見れば同じことを説明してくれます。

確かに乗客全員の生命は助けた。それは動かしようのない事実であり、そこは称賛されるべき。しかしながら、それは果たして正常な判断、正統な行為だったのか。

NTSBとしてはそこに疑念を感じており、機長と副機長はどう説明や証明してその疑惑を晴らせばいいのかで苦悩するわけです。

確かにコクピットの中で飲酒したりポケモンGOで遊んだりしながら操縦してたら危険だから、そういう事実があるのだとしたら機長は英雄ではなく、罰しなければならない対象となる。そこはどうなんだ、ってのがNTSBの知りたい真実なのです。

このNTSBと機長&副機長の対決が、この作品でのメインテーマです。どうなるかは書きませんよ。映画を見て確認してくださいね。

映画は冒頭からずーっと緊迫感があり、機長役のトム・ハンクスも、副機長役のアーロン・エッカート(=『ダークナイト』でハービー・デント検事を演じてた人。この俳優さん大好き)も、眉間にずっとシワ寄せながら演技してます。

機長の処罰や処遇を決定する運輸局の公聴会で、副機長が1つだけジョークを放って、公聴会の出席者が笑ってしまうというシーンがあり、ここでようやく、それまでピーンと張り詰めていた緊迫感が和らぎます。機長も「キミ、言うよねー」みたいな感じで笑います。

機長の運命はどうなってしまうのか、そのジョークが何を意味するのか、これは映画を見た人だけが知る真実です。ぜひそれらのシーンを見ながら唸ってください。

いい人、トム・ハンクス

トム・ハンクスが主演だというのは知ってましたが、いざ映画の予告編やポスターを見てみると、頭が白髪でヒゲまで生やしてる人なので、一瞬それがトム・ハンクスだとは識別できませんでした。

だいたいトム・ハンクスって映画の中でそんなに変装したりしないので、パッと見たらすぐ分かるんですけどね。今回分からなかったわ。『キャスト・アウェイ』でバレーボールと同棲生活してた時以来だわ。

(『フォレスト・ガンプ』でジョギングしてたら求道者になった時も風貌違ってたな、そういえば)

航空事故で機長が奇跡の操縦により乗客の命を助けて、英雄視されてたのが一転して犯罪者扱いされた、という設定を聞いたら、映画ファンなら全く同じ設定で『フライト』という作品を思い出すんじゃないでしょうか。デンゼル・ワシントン主演の作品。

『フライト』のデンゼル・ワシントン演じる機長はどうしようもない野郎でしたが、今回のトム・ハンクス演じる機長は超マジメ。誠実で実直で、乗客の安否を案じ、全員の無事を知って涙する、そんな人です。奥さんが失言して傷付くようなことを言われても反論しません。

エンディングロールでは本物のサレンバーガー機長、そして事故機に実際に搭乗していた当時の乗客達が集って親交を温める場面が映されます。

機長の奥さん(本物)も登場して短いスピーチをするのですが、途中で泣いてしまい、いろんな心境を想像したら感情移入してしまって私も泣いてしまいました。

りくま ( @Rikuma_ )的まとめ

この作品、単なる特撮アクション映画かと想像してましたが、全然違ってました。3回くらい泣きました。

いろんな人に見てもらいたい素敵な作品です。早くWOWOWで放送されないかなと、1年後くらいを楽しみにしています。

★文中で登場した映画作品

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