愛のパワーに敗れた後で悲願の再訪を果たす【大阪旅行その7:大阪城編】

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大阪国際女子マラソンを観た時は、まだ「夢」だった

→大阪旅行その6:天保山編からの続き

今回の大阪日帰り徒歩旅行は、「その1:関空編」でも書いた通り、格安航空会社ピーチの航空券がキャンペーン価格(片道2,140円)で発売されたおかげで実現した。

子供の頃は関西に住んでたので、頻繁に訪れていた大阪。その関西を去ってから、もう30年以上が経過。最後に大阪を訪れたのは10年ほど前で、仕事での出張だった。

ずいぶんとご無沙汰していた大阪。いつかまた行ってみたい。その思いはずっと持っていた。

今年の1月、テレビで大阪国際女子マラソンを観戦。

http://www.osaka-marathon.jp/

そのわずか1週間前、北九州市で選抜女子駅伝が開催され、大雨の北九州市街地を力走した天満屋の重友梨佐選手がスゴかった。走りに貫録みたいなのが感じられたのだ。

北九州の駅伝中継でも「一週間後の大阪国際に出場する、ロンドン五輪の有力候補」と何度も実況されていたので、こりゃ大阪国際見なきゃ、重友選手を応援しなきゃ、と思った。わずか1回見ただけで熱烈なファンになってしまった。

大阪国際女子の当日。レース開始直後から一人で盛り上がる私。

そして、先頭集団が大阪城のすぐ横を疾走してた時のツイート。

参考までに、解説者の増田明美氏がレース終盤で発したひとこと。

レースは後半、重友選手と福士選手の一騎打ちとなったが、福士選手が突如失速。最後は重友選手が独走して圧勝。応援していた私も歓喜。

後日、重友選手はロンドン五輪・女子マラソン代表に選ばれた。今年の夏、オリンピックでの活躍を期待してます。テレビの前で応援するよー!

大阪国際女子マラソンで大阪城がテレビに映ったとき、「うわー懐かしいなー、また行ってみたいなー」と思った。でも今年1月の時点で、それはまだ夢物語だった。いつか行ければいいなという、遠い未来への希望。

その4ヶ月後、私が大阪城のまん前に立っているなんて夢にも思わなかった。だから人生って面白い。

やっぱり最後に勝つのは愛なのね

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↑地下鉄・中央線の大阪港駅で「学研奈良登美ケ丘方面」の地下鉄に乗る。

席が空いていたので座った。次の目的地・大阪城の最寄駅である「森ノ宮駅」までしばらく時間があるので、座ってゆっくり休養しよう。予想してたよりも遙かに疲れている自分の身体。すべては大雨のせい。

私は車両向かって右側の座席に座ってたのだが、反対側である左側のドア付近に、若い男女のカップルが席に座らず立っていた。手を繋ぎながら一緒に窓の外を眺め、ときどき見つめ合ってウフフと笑い合っている。ラブラブ光線を放ちまくっている。

地下鉄の中央線は、大阪港駅を出発してしばらくの区間、地下ではなく地上を走る。なので窓の外で景色が流れている。

突然、カップルの男が「あ、USJ見えた!」と小さく叫んだ。

男と女は繋いでいた手を離し、女がデジカメを窓の外に向かって構える。私も男の声に反応し、反対側の窓を見た。

あー、ホントだ。USJの建物がクッキリ見えてるじゃないか。

女は次々とシャッターを切り、写真を撮影している様子。私も写真を撮りたかったが、反対側の席に座ってる人たちから「何を撮ってんねん」と不審に思われそう。撮れない。立って窓際まで行けばいいんだろうけど、そんなことしたら座る席がなくなる。

くっそー。大雨なのに、あんなにハッキリ見えるほどUSJって近くだったのか。そうと知ってれば座らずに立ってれば良かった。いやいや、さすがに立ってる体力ないか。

やがてUSJは見えなくなった。女は再び男と手を繋ぎ、見つめ合い、そして互いに微笑む。

「USJ、撮れて良かったねー」「うれしい~」「うふふふー」

ラブラブなカップルを尻目に、一人座席でガックリする私。

そこへ再び男が小さく叫ぶ。「あ! 京セラドーム見えたよ!

男と女は手を繋いだまま反対側、つまり私が座ってる車両右側の窓際に移動してきた。二人は再び手を離し、女はデジカメを構える。

男の声にまたも反応した私は、後ろを振り返って窓の外を見た。

あ、ドームが見えてる! しかもけっこう近いやん!

前回の天保山編でも書いたが、一番最初に練った事前プランでは、京セラドーム大阪(以下、大阪ドーム)に徒歩で向かうプランを考えていた。

しかしプランを詰めこみ過ぎて時間が足りないと判り、大阪ドームまで歩くプランは残念ながら削ってしまったのだった。

電車の中から見えるなら願ったり叶ったりじゃないか。こっちからなら写真撮れるぞ。後ろ振り返って写真撮ってオノボリさんみたいと笑われてもいいのだ!

座ったままの姿勢で再び後ろを振り返り、持っていたiPhoneのカメラで大阪ドームに向かってシャッターを切る。

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おーまいがっ!!!!
 

撮った写真、全部こんな感じだった。阪神高速の柱に邪魔されて大阪ドームが全く写ってないのとか、ピントが全然合ってないのとか。

あっという間に建物が密集し始め、大阪ドームは見えなくなってしまった。

「ドーム撮れた?」「うん、バッチリ撮れたよ~」「USJもドームも撮れて良かったね~」「計画通りだね~」「楽しいね~!」「ね~!」「うふふふふーーー」

そして再び手を繋ぎ、見つめ合う男と女。

その横で、席に座りながら頭をかかえてうなだれる敗者1名。

誰かの胸を借りて泣きたかった。

またもiPhoneアプリに助けてもらった

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↑午後3時00分、森ノ宮駅に到達。大阪港駅から8駅で、所要時間は16分。

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↑南港でドシャ降りになり、天保山で少し小降りになった雨が、森ノ宮駅から外に出ると再び豪雨になっていた。

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↑大阪城公園の案内図。ここから右折して公園に入る。

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↑直進してすぐのところにある噴水。

いま歩いてきた道を除くと、噴水の地点から道は4つの方向に分岐している。
「左後ろ」「左」「直進」そして「右」の4つ。

事前プランで歩く予定にしていたのは「左後ろ」の方向だった。そっちに進むと「大阪城屋外音楽堂」というところを経由して、「豊国神社」に向かう最短距離。

「左」に曲がっても、「左後ろ」とほぼ同じくらいの距離で豊国神社に着く。
なので「左後ろ」か「左」に曲がるのが正解のルートということになる。

「右」は森ノ宮駅に戻ってしまうので論外。「直進」すると大阪城ホールに向かってしまうので、大阪城の天守閣まで遠回りになる。豊国神社も反対側になってしまうので大幅に遅れる。

ここでiPhoneをポケットから取り出し、現在位置や進行方向を確認すれば良かったのだが、なぜか私は確認せず、一瞬だけ考えてから直進してしまった

なぜ確認しなかったのか自分でも分からない。おそらく疲れがピークに達していて、判断力が鈍ってたのだと思う。

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↑しばらく直進を続ける。とても広くて歩きやすいのは良かったが、いつまで経っても天守閣や豊国神社らしき建物が見えない。(後で確認したら、この道も大阪国際女子マラソンのコースに含まれていた)

「本当にこの道でイイのか?」と、遅くなったがようやく疑問に感じ始めた。

iPhoneを取り出し、「My Maps Editor」を起動する。アプリで確認すると、事前プランの道とぜんっぜん違うルートを歩いてることがやっと判明。大阪城ホールに向かってることを自覚した。これはイカン!

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↑左に曲がり、軌道修正を図る。なんとかマイマップに登録したルートまで戻らないと。

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↑方角としては間違ってないのだが、細かい道までは表示してくれないので、また遠回りしてないかが気になる。しかし歩くしかない。

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↑右側に大きな濠(東外濠)が見える地点まで来た。噴水の地点から「左」に進めばここに到達していたらしい。かなり遠回りになったが、ひとまず近くまでは戻ってこれた。

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↑遠回りを挽回するため体力を振り絞って高速で歩いた反動でドップリ疲れた。そこへイヤミたっぷりに現れた長い階段

はいはい。上ればいいんでしょ。道を間違えた私が悪いんだもんね。秀吉のイヂワル。

平日にもかかわらず、ものすごい数の観光客

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↑階段を上り終えたが、道はまだまだ延びている。方角的に間違ってないのはiPhoneアプリで確認できている。しかしアップダウン(地形の高低)まではiPhoneじゃ分からないので、本当にこの道でいいのかが不安。天守閣もいまだに見えないし。

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↑しばらく直進したら、やっと別の濠(南外濠)に到達。大阪城が見えたー!

いや、待て待て。大阪城ってあんなに小さかったっけか?

あれは天守閣じゃなくて、櫓だ。一瞬でも感動してしまった自分がアホみたい。

iPhoneアプリで確認したが、まだまだ天守閣までは遠い。肉眼でもまだ見えない。

ここでようやく本来予定していた事前プラン通りのルート(噴水のところで「左後ろ」に進めば最短で来れた道)と一致した。もう大丈夫。

案内板に従って天守閣へ向かう坂道を上って行くのだが、反対側からすれ違う観光客の数がハンパなく多い

平日、水曜の昼だというのに、なんでこんなに多いんだ?

前方から向かってくる観光客が横に広がって歩道を歩いているため、スムーズに歩くことが出来ない。何度も立ち止まったり、反対側の歩道に移動したりしながら少しずつ進む。

雨は全然弱くならないので、坂の上から大量の水が川のように流れてくる。そこを歩かなければならない。どんどんクツが水浸しになっていく。

賑わう観光客が立ち寄らない「異空間」の豊国神社

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↑ようやく豊国神社の入口が見えた。予定よりかなり遅くなったけど。

ここで一つ、なかなか興味深い現象に気付いた。

南外濠の付近から大量に増え始めた大勢の観光客たち。上りも下りも道いっぱいに人で埋め尽くされ、ただでさえ集団なのに加えて大雨なので歩くスピードも遅く、追い抜くことさえ出来なくてフラストレーションが溜まりまくった。

ところが、その大群衆が誰一人として豊国神社の方には来ないのだ。見事にまったく誰も来ない。

最初は、みんな天守閣の方ばっかり気にしてて、豊国神社の存在に気付いてない、あるいは神社があることさえ知らない人が多いのか? とも思った。あるいは私一人にしか見えていない神社なのか。

実際、私もガイドブックを読むまで豊国神社のことを知らなかったから、同じように知らない人がいたのかもしれない。

しかし、まったく誰も豊国神社に立ち寄らない理由が、なんとなく想像できた

もしかしたら間違ってるかもしれないけど、意外に当たってるようにも思う。その理由は、この記事の一番下、「余談・気付いたこと・感じたこと」に書いてます。

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↑本堂に置かれていた巨大な絵馬。豊国神社は「出世開運」のご利益があるという。

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↑豊国神社の本堂。私も「出世開運」を祈願してきた。

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↑私が入ったのとは反対側の入口にある鳥居。数名の観光客が来ていたが、彼らの正体も「誰も立ち寄らない」疑問のヒント。

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↑豊国神社は、大阪城を建築し、大阪という都市の基盤も築いた太閤・豊臣秀吉を祀っている神社。

明治元年(1868年)、明治天皇が大阪行幸した際に神社創立の命を出し、大阪の豊国神社は明治12年(1879年)に完成した、と資料に書かれていた。

勘の良い人ならピンときたかもしれない。「誰も立ち寄らない」疑問の最大のヒントにもなってるのが、この像でございます。

大阪城を再築した真の組織を知る級友

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↑豊国神社をあとにし、「桜門」に到達。ようやく天守閣まであと少しのところまで来た。

時間の余裕があれば、ここから更に西へ進み「大手門」や「多聞櫓」を写真に撮りたかったのだけど、道に迷ったり観光客の混雑に巻き込まれたりで大幅に遅れたため断念。

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↑水は張られてないが、かなり深い内濠の跡。

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↑桜門を通過してすぐのところにある巨大な岩の石垣。なんて名前だったか忘れた。岩の前にも観光客がワンサカいて、ガイドの解説する声に耳を傾けていた。

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↑ようやく、遂に、今度こそ、天守閣が視界に入ってきた。30年ぶり。

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↑天守閣の近くに建っている「旧大阪市立博物館」。

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↑天守閣がすぐ目の前にある。なんだか夢みたいで、信じられなかった。

天王寺動物園も、そして大阪城も、今回のツアーで約30年ぶりに訪れることが出来た。

天王寺動物園は、和歌山に住んでた頃、頻繁に訪れていた「馴染みの場所」だったこともあり、今回の再訪では「感無量」になった。大げさではなく胸イッパイになって泣きそうになったくらい。

一方の大阪城は、修学旅行で一度訪れただけ。今回が30年ぶり2回目の訪問なので、天王寺動物園とは違って「夢心地」という感覚。

大阪国際マラソンのテレビ中継で大阪城の映像を観て、いつかまた行きたいな、と願った夢が突然叶った。「嬉しい!」というよりも「ウソみたい!」という気持ち。

いつまでも、ずーっと見ていたかったけど、事前プランよりかなり遅れてしまってるので、ここでボーっとしているわけにもいかない。

でも、また来よう。今度来た時は今回よりもさらにボーっと長いこと、天守閣の前で突っ立っていたい。

その時は、お願いだから晴れてね。今回、ほんっと疲れたんだから。雨のせいで。

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↑豊臣秀吉はカッコいい城を造ったものだなーと、初めて来た時は感動したものだが、現存する城は当然ながら秀吉が建てた頃のものではない。

映画『プリンセス トヨトミ』で、大阪国の総理大臣が「今の大阪城を造ったのは誰だと思いますか? 豊臣秀吉? いいえ、徳川家光です」みたいなことを言う場面があったが、厳密にはそれも違う。

現在の大阪城は鉄筋コンクリートだし、30年前の時点で既にエレベーターも設置されていた。

修学旅行の時、大阪城のエレベーター内で級友二人が交わしていた会話を今も覚えている。これフィクションでもネタでもなく実話。

「日本で初めてエレベーターを作った人、誰か知ってるか?」
「えー? 知らんわ」
「なんで知らんねん、分かるやろ普通。豊臣秀吉!」
「えー? いま乗ってるこれ?」
「当たり前やん、日本初のエレベーター、コレや」
「いや、でもそれ違うと思うわ」
「そうやて、お父さん言うてたもん、これ日本初やねんて」
「でもウルトラマンと戦ったゴモラが大阪城を壊してたやん?」
「あ!!」
「あの時、昔の大阪城は壊れてしもたんやない?」
「じゃあ、この大阪城は誰が建てたん?」
「たぶん、科学特捜隊とちゃうかなあー」
「弁償して建て直したんか!」
「んー、自信ないけどなあー」
「それや! 間違いないわ! お父さんに教えたろ!」

あれから30年。あの二人はいま何をしているのだろう。

http://www.osakacastle.net/
大阪城天守閣*
大阪市中央区大阪城1-1
06-6941-3044
9:00~17:00 年末年始休館

大雨のせいでマトモに歩けない

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↑石垣の向こうに様々な建物が見える。どれが何なのか全然分からない。

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↑天守閣の北端にある石垣。ここは30年前にも上った記憶がある。石垣の向こうに大阪城ホールが見える、という筋書きだったのだが、見えないや。見る角度を間違えてたのかな。

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↑とっても名残惜しいのだが、どんどん時間が遅れてしまう。後ろ髪を引かれながら北側の階段を下りていく。

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↑階段の途中にある「刻印石広場」のさらに奥、ひっそりと目立たない場所にある「淀君の墓」。豊臣秀吉の後継、秀頼の母である淀君は、こんなところに眠っている。

実際にはすぐ近くまで行ったけど、こんな奥にあるってことは「もう放っといて」と言ってるような気がして、写真を撮るのが何だか申し訳なくなり、遠く引いた場所で撮影した。

この「淀君の墓」に近寄るまでもそうだったが、大阪城内のいたるところで土の部分が大雨のため水浸しになっており、マトモに歩けない。「その6:天保山編」の天保山公園とまったく同じ状況。

少しでも水たまりの部分を避けようとして、まるで反復横跳びのように前後左右へとピョンピョン跳びながら移動。

この動きが、ただでさえ疲労のピークだった両脚にさらなる余計な疲労を蓄積する結果になってしまった。頑張って跳んだ割には数多く水たまりにハマり、クツもズボンの裾も完全にビショ濡れ。

まだまだ大阪ツアーは続きがあるのに、大阪城で私の体力は限界に達しつつあった。本当に疲れた。雨さえ降らなければ、これほどまで疲れはしなかったのに。

跳ばなきゃ良かったのに、と思われるかもしれないが、それだけ雨量がとんでもなかったのだ。石の階段なんて雨がすごくて滝のように雨水が流れていたくらい。

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↑広い内濠の上に架かる「極楽橋」を渡る。

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↑桜が満開の時期に大阪城を見ることが出来て本当に良かった。しつこいようだが、雨さえ降らなければ…

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↑いよいよ大阪城が見えなくなる地点。名残惜しい。また会いましょう。

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↑京橋口へと向かう途中の桜も見事だった。しかし大雨のせいで大量の花びらが地上に落ちてしまっている。これはこれで風流なのかもしれないが、散る前の満開な桜並木も見てみたかった。

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↑桜門と同じく、京橋口にも巨石の石垣があった。

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↑京橋口で外濠に架かる橋を渡り、大阪城公園から出る。

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↑地下鉄の駅へと移動する途中で大阪府庁が見える、というのは事前プランの時に地図で把握してたのだが、実際に現地で見ると、どれが大阪府庁なのかサッパリ分からなかった

たぶん上の写真だと、中央に写ってるのが大阪府庁だと思うのだけど、撮影した時は左側の白い建物が府庁なのかと思っていた。

この後、「大手門」交差点を通過し、地下鉄・谷町線の天満橋駅に到達。次のエリアへと向かった。

余談・気付いたこと・感じたこと

◆「その6:天保山編」の時点で20分の遅れだったのだが、大阪城では最初に道を間違え、群衆に行く手を遮られ、さらに大雨で体力を消耗したことでドンドン遅れが拡大。この時点で事前プランより25分遅れとなってしまった。

◆平日の昼間なのに大勢の観光客が押し寄せていたのは、中国や韓国からの団体客がいたからだと思われる。道を歩いていた人の大半が日本語ではなく中国語や韓国語をしゃべっていた。

◆特に多かったのが韓国から来たと思われる観光客の群衆。そこで興味深かったのは、韓国の人って豊臣秀吉が大キライなはずでしょ。秀吉が朝鮮出兵したことで「祖国の敵」とみなしているはずだから。なのに大阪城にこれだけ来てるのは興味深いなあーと。

◆あれだけ大勢の韓国人が大阪城に来てたのに、ただの一人も秀吉を祀る豊国神社に寄り付かなかったところを見ると「大阪城は歴史遺産だから観るけど秀吉は許さない」ってことなのかなーと。これは私の単なる推測ですよ。

◆ちなみに、豊国神社の鳥居の写真に写ってる観光客数名は全員、日本語をしゃべっていた。

大阪旅行その8:堀川戎編に続く→
 

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