[Я]懐かしのプロレスラー列伝#22:nWo

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スーパースター2人の引き抜き移籍が発端だった

Catch20141004

30代後半から40代のプロレスファンであればみんな知ってるんじゃないかというほど大流行した「nWo」というムーブメントがありました。

読みはそのまんま「えぬ・だぶりゅー・おー」。New World Order(=新世界秩序)の略で、1990年にアメリカのブッシュ大統領(息子じゃなくて父のほう)が行った演説で用いている表現だそうです。

nWoのTシャツは日本でもバカ売れで、プロレス知らない人でも当時着てましたからね。私もTシャツとGジャンを持ってました。実物の写真を撮ろうと思ってクローゼットを探したけど見つからなかった。残念。

日本だけでなく世界中でもブームは浸透し、例えば格闘技K-1のリングで絶頂期にあったピーター・アーツがトーナメント決勝にnWoのTシャツ着て入場したり、メジャーリーグの試合中、球場の観客席でnWo着てる集団がいたり、バスケットのスター選手だったデニス・ロッドマンがnWo入りしてプロレスの試合をしちゃったり、他競技にも影響を与えてました。

クリックというユニットと、タブーを破ったカーテンコール事件

nWoという一大勢力の誕生は、WWF(現在のWWE)に所属していた2人のスーパースターがライバル団体・WCWに引き抜かれ、電撃移籍した事が発端となっています。

その2人とは、ディーゼル(本名はケビン・ナッシュ)と、レイザー・ラモン(本名はスコット・ホール)。

ディーゼルはWWFタイトルの最長保持記録(当時)を持ち、ラモンもまたインタコンチネンタル王座を巡って激戦を繰り広げ、二人ともWWFの主力選手として活躍。しかしWCWから莫大な移籍金を提示されたことで、まだWWFとの契約が残っていたにもかかわらず移籍することになります。

WWFでは、

◆ショーン・マイケルズ
◆ディーゼル(=ケビン・ナッシュ)
◆レイザー・ラモン(=スコット・ホール)
◆ハンター・ハースト・ヘルムスリー(=現在のトリプルH、本名ポール・レヴェック)
◆ショーン・ウォルトマン(=nWoでのリングネームはシックス、後のX-パック)

この5人はプライベートで大変仲が良く、WWFのバックステージでもマッチメイクやブッキングに巨大な影響力を持ち始め、「クリック(The Kliq)」というユニット名で呼ばれていました。(WWFの実況には登場しない、裏での呼称)

nWoのメンバーたちが手をキツネ形にしてサインを送る「ウルフヘッド」は、元々はクリックの仲間たちでやっていたものだそうです。

移籍直前、WWF最後の試合でディーゼルはショーン・マイケルズと金網戦を行い、試合終了後にウォルトマンを除く仲間(ラモンとハンター)がリングに上がって互いにハグを交わし、最後には観客に向かってカーテンコールを行いました。当時の週刊プロレスにも写真付きで紹介されてたのを覚えています。

当時マイケルズとラモンがベビーフェイスで、ディーゼルとトリプルHはヒール。リング上では敵対関係にあった4人な訳で、仮にプライベートで仲良くてもリング上ではそれを出さない(=実生活でも仲が悪いと思わせる)のが当時は暗黙の了解だったため、それを破った4人の行動は「カーテンコール事件」として話題となりました。

アウトサイダーズの襲撃

1996年、WWFを離れた2人のうち先にスコット・ホールがWCW月曜の定期放送「マンデー・ナイトロ」に初登場。実況陣に対して「戦争が望みか?」と凄んでみせます。この初登場シーンはYouTubeを探せば動画があるはず。著作権アウトなのでリンクは貼りません。「nwo」で検索すれば見つかります。

やがてケビン・ナッシュも合流。「WWFの悪口を言ってるのはオマエか」と実況席のエリック・ビショフ(当時WCWの副社長)に詰め寄り、WWFのトップレスラー2人がWCWを襲撃に来たということを視聴者に見せつけました。

当初は「WWF対WCW」という団体抗争のストーリーラインを考えていたようで、他にも仲間がいるんだぞ、と凄んだナッシュ&ホールでしたが、結果的にクリックの仲間で本当に移籍してきたのはウォルトマン1人だけ。WWFが流出を食い止めるため、法的なことも含めて様々な手段を講じたらしいです。WWF対WCWの設定もすぐに消滅。

WWF時代のリングネームだった「ディーゼル」「レイザー・ラモン」はWWFが商標登録しているため他団体では名乗ることが出来ず、WCWの初登場時はリングネームが定まっていなかったため実況陣は「彼等」と呼び、外敵という意味で「アウトサイダーズ(The Outsiders)」と名付けられたそうです(ナッシュ&ホールが自分たちでそう呼んだ訳ではないみたい)。

一方、2人に去られたWWFですが、カーテンコールを起こした2人のうち、ショーン・マイケルズは当時WWF王者だったため特に処分なし。ハンターは罰として前座に格下げとなり、しばらく干されることになります。

で、ハンターが座るはずだったポジションには「ストーンコールド」スティーブ・オースチンが就くことになり、これが結果的にはWWFとWCWの視聴率戦争を大きく左右することとなります

ディーゼルとレーザー・ラモンの商標を持つWWFは、2代目ディーゼル(=正体は現在のケイン)、2代目レイザー・ラモン(=正体はFMWや新日本に出場経験もあるビッグ・タイトン)を登場させますが、どちらも本家には程遠い実力でファンやメディアからも大不評。あっという間に姿を消してしまいました。

全米が驚いたホーガンのヒール転向

アウトサイダーズのWCWデビュー戦は、当時のWCW正規軍3人、スティング&レックス・ルーガー&ランディ・サベージとのタッグマッチでした。ナッシュ&ホール組は、残り1名のパートナーを秘密にしたまま試合開始。

終盤、WCWの正規軍側だったハルク・ホーガンがリングサイドに登場。正規軍を助けるのかと思いきや、サベージに必殺技のレッグドロップを落とし、正規軍への裏切りとナッシュ&ホールとの共闘を宣言。

WWF時代から延々と続いていた「赤と黄色のスーパーヒーロー」を捨て、頬に黒のペイントを施し、モノトーンのバンダナを巻き「ハリウッド」という新ニックネームを得たホーガンは、3人のユニット名を「nWo」と宣言。黒の軍団が誕生した瞬間でした。

増殖を続ける黒い軍団

最初は3人だけだったnWoも、最初に正規軍のザ・ジャイアント(=現在のビッグ・ショー)が裏切ってnWo入りしたのを皮切りに次から次へと黒い軍団入り。副社長のエリック・ビショフまでもがnWoに魂を売り、WCWはやりたい放題の黒モードへと突入していきます。

当初は正規軍だったサベージもnWo入り。先にnWo入りしていた元マネージャーで、プライベートでは元夫婦だったエリザベスと同じチームになり、ホーガンの仲介もあって長年の恩讐を超えて関係修復となりました。実際に復縁した訳ではなくリング上だけでの事なので、やりにくかっただろうなぁ。

1996年8月、ホーガンはWCW世界王座戦に勝利してタイトルを獲得。ベルトに黒スプレーでNWOと描いて勢力を誇示。試合で叩きのめした相手の背中にも黒スプレーでnWoと描き続け、ファンや視聴者にもアピールを続けます。

孤高の戦士・スティングの逆襲

さて、nWoと対決するWCW正規軍ですが、そのリーダー格はスティング

スティングといえば、髪型は常に金髪で短く、喜怒哀楽が実に分かりやすく、明るいキャラでした。両手を口にあてて吼えることでファンにアピールし、NWA王者にもなったし、同世代の武藤(=ムタ)とはライバルとして闘ったりタッグを組んだり。

初来日は全日本プロレスで、その時のキャッチフレーズが「超銀盤戦士」。その後NWAがWCWに変わり、新日本プロレスと提携したことで新日本への来日がメインとなります。私も2回、金髪&短髪スティングの試合を生観戦しました。

そのスティングですが、nWoの勢力がどんどん拡大し、正規軍からnWoへと移っていく選手も相次ぎ、次第に孤立無援状態となっていきます。抗争の末にスティングは長期欠場となり、nWoはスティングも軍団に加えようと勧誘を始めるようになります。

nWoの勧誘に返答するため久々に登場したスティングは、ピエロのような白ペイントに。最終的には髪を黒く染め、長髪になり、白ペイントに黒いラインで不気味さも漂わせ始め、喜怒哀楽を封印した無表情キャラに変身。

このペイントはブルース・リーの息子、ブランドン・リー主演の『クロウ』という映画でブランドンが演じた主人公のペイントをモチーフにしています(ちなみにブランドンは、この作品の撮影中に事故死)。

白ペイントで黒い野球用バットを持ち、nWoのメンバーが正規軍メンバーをリンチしたり、マイクで勝ち誇りながらアピールしている所へ音もなく神出鬼没に出現し、たった独りでnWo軍団を蹴散らしていくのが定番となっていきました。

時にはリング下からリングを突き破り、時には天井から吊り下がり、時にはスティングの白ペイントを模した白マスクをかぶる集団にまぎれ、突然の出現でパニックになるホーガンやナッシュなどnWoの面々に襲いかかるスティング。

金髪短髪時代のスティングは「スコーピオン・デスロック(=サソリ固め)」がフィニッシュ技でしたが、白ペイントに変身したスティングは敵の背後へ静かに接近し、相手の頭を抱えてからリングへ叩き落とす「スコーピオン・デスドロップ(=リバースDDT)」を多用するようになりました。

nWoの大量増幅、それに対抗するスティングを始めとした正規軍の抗争は物凄い人気を呼び、WCWの「マンデー・ナイトロ」は同時間帯に放送していたライバルWWFの「マンデーナイト・RAW(ロウ)」との視聴率戦争で大きく差を広げ、WWFは倒産寸前の状態に追い込まれてしまいます。(この2番組は、わざと似たような番組名にして争ってたそうです)

nWoの迷走とWCWの終焉

1998年、ホーガンとスティングの頂上決戦でスティングが勝利し、WCW世界ヘビー級王座を獲得したことで約2年続いた抗争は終結。ここからホーガンとナッシュの不仲ストーリーが始まり、そしてnWoは分裂してしまいます。

ホーガン、そして盟友のホールと別れてnWoから脱退したナッシュは、独自の「nWoウルフパック(赤nWo)」を結成。ホーガンとホールの元祖nWoは「nWoハリウッド(黒nWo)」という名称で継続。2つのnWoが存在することに。

さらに、それまで頑なにnWo入りを拒み続け、対決してたはずのスティングが、なぜか赤nWoにすんなり加入。ペイントも白から赤へ。もう何が何やらって感じ。この辺りからWCWは迷走が始まり、マンネリ化と評されるようになってきます。スティングのせいじゃないんですけどね。

一方のWWFは、オチャラケやおふざけ、お色気などを前面に出した「アティテュード路線」を強化し始め、徐々に視聴率を回復。ストーンコールドの人気爆発などで今度はWCWが次第に危なくなっていきます。

1999年、分裂した赤と黒のnWoは1年後に再び合体。オリジナルメンバーのホーガン&ナッシュ&ホールに加え、ルーガー&エリザベス(おそらくこの頃すでに2人は実生活で交際していたのではないかと…)、スコット・スタイナー、スコット・ノートンなどが残留。

「モントリオール事件」を機にWWFを電撃退団し、新たにWCWへと移籍してきた大物、ブレット・ハートとの一騎打ちに負けたスティングは長期欠場。サベージもnWoを去りました。

やがて徐々にnWoの存在はフェードアウト。2000年に視聴率回復を狙って「nWo2000」として復活。今度はブレット・ハートがnWoに加わりますが、スコット・ホールが無断欠場に加えて暴行事件で逮捕されたことによりWCWを解雇され、ナッシュも負傷欠場となり万事休す。nWoは消滅してしまいました。

2001年3月、迷走とマンネリの果てにWCWは消滅。視聴率戦争に逆転勝ちしたWWFがWCWを買収し、WCW選手の大半はWWFへ移籍。スティングはWWFに移籍せず、このエントリーを書いてる現在(2014年10月)まで一度もWWEで試合をしていません。

しかしスティングは2014年にWWEと契約。WWEの公式ゲームソフト「WWE 2K15」CMキャラクターとして白黒ペイントで登場したり、WWEのトークイベントに出演するなどしています。もしかして将来的にWWEで試合が実現するのかも?

日本では「nWo JAPAN」が大ブームに

アメリカWCWでnWoが誕生した当時、業務提携していた新日本プロレスでヒールユニット「狼軍団」を結成していた蝶野正洋&天山広吉&ヒロ斎藤が軍団をシフトする形で「nWo JAPAN」を結成。新日本正規軍と抗争を開始します。

ナッシュ、シックス、スコット・ノートン、nWoスティング(スティングと同じ白ペイントをしたニセモノ。本国アメリカではパッとしなかったが新日本では強さを発揮して常連外国人となった)など本家nWoメンバーが新日本に来襲して正規軍を圧倒。

さらに勢力拡大策として蝶野は同期の武藤敬司をnWoに勧誘。拒み続けた武藤でしたが、裏の顔であるグレート・ムタとして遂にnWo入り。悪の顔に変身した時には蝶野以上に凶暴凶悪だったムタは通常運転の悪党ファイトを展開。蝶野とのコンビでWCWのテレビマッチにも出場しました。

その後、ムタと蝶野は仲間割れしてムタがnWoを離脱するものの、今度は素顔の武藤としてnWo入り。ムタではなく武藤を引き込んだ事で蝶野が大喜びしている記事も覚えています。

蝶野が負傷欠場で長期離脱した際には武藤がnWoのリーダーとして軍団を牽引。しかし蝶野の了承を得ず小島聡をnWo入りさせたことなどで蝶野の不信感が増幅。二人はnWoの主導権を巡って険悪な関係となり、復帰した蝶野はnWoに戻らず、「TEAM 2000」という新軍団を結成。

最終的に蝶野と武藤は軍団抗争に終止符を打つべく直接対決。武藤が敗れ、天山&小島&ヒロ斎藤はTEAM 2000へと移動したことで、nWo JAPANも崩壊となりました。

アティトュード路線で大逆転したWWE

nWoの大ブームにより倒産寸前まで追い込まれたWWFは前述の通り「アティテュード路線」を強化。エース格へと登り詰めた「ストーンコールド」スティーブ・オースチンと、WWF社長ビンス・マクマホンとの長きにわたる抗争はアティチュード路線の核となり、視聴率回復のカンフル剤となりました。

経営者でありながら、ボディービルで鍛え上げた驚異的肉体でレスラーと互角の勝負を繰り広げ、自ら身体を張って番組を盛り上げたビンス。とても品行方正とは言えない言動や行動で物議をかもしつつ、悪党社長ビンスをシバキあげることで観客のハートをつかんだストーンコールド。

時には流血試合あり、時には爆笑や失笑のコメディー要素あり、二人は幾多の名勝負を繰り広げました。

アティテュード路線、もう1つの核は、ユニット「クリック」でWWFに残ったショーン・マイケルズとトリプルHが結成したおちゃらけユニット「D-ジェネレーションX(略称はDX)」。

テレビカメラに向かって生尻を出したり、下品な放送禁止用語を連発するDX。結成メンバーはショーン&トリプルHの他に、トリプルHとコワルスキー道場での同期で、女性ながらムキムキの筋肉で男性レスラーをも圧倒したチャイナの3人が中核をなしていました(当時トリプルHとチャイナは交際していたんだとか。現在の妻、ステファニー・マクマホンとの恋愛ストーリーが始まる前の話です)。

nWoに在籍していたシックス(=ショーン・ウォルトマン)がWCWを辞めてWWFに復帰し、DXへ加入。メンバー全員で戦闘用ジープに乗ってWCWの試合会場を襲撃し、拡声器を使ってWCWの悪口を叫びまくるネガティブ・キャンペーンをやるという騒動もありました。

このWCW襲撃パフォーマンスは筋書きや設定や事前の打ち合わせなどがないホンモノの襲撃だったそうで、ちょうどこの時にWCWへ遠征していた蝶野も現場におり、WCWのバックステージが本気の大パニックになってたと証言しています。

視聴率競争に勝ってWCWを吸収合併し、名実共にアメリカ最大のプロレス団体となったWWF。2002年2月、WWFに復帰していたオリジナルメンバーの3人、ホーガン&ナッシュ&ホールの3人がnWoを「WWFで」再結成。

再結成から1ヶ月後の「レッスルマニア18」でnWoのホーガンは当時のエース格の一人、ザ・ロックとシングルで対決。ヒールのホーガンvsベビーフェイスのロックという図式のはずが、なんと観客はホーガンに大声援を送り、ロックにはブーイングが飛び始めるという異様な展開に。

ヒールファイトに徹するはずだったホーガンは方針転換してロックと名勝負を繰り広げ、ストーリーも変更されてホーガンは翌日からベビーフェイスに転向し、nWoを追放されるという流れに。

5月にはスコット・ホールが問題を起こして解雇され、7月にはケビン・ナッシュが太股の筋肉断裂という重傷のため長期離脱。ビンス・マクマホンがnWoの解体を宣言し、WWFでのnWoは半年持たずに強制終了となってしまいました。

現在も愛されているnWo

2011年にショーン・マイケルズがWWE殿堂入りした際には、トリプルH、ナッシュ、X-パックの「クリック」仲間が祝福。その際に療養中のため参加できなかったスコット・ホールも今年2014年に晴れてWWE殿堂入り。クリックの5人が公の場で勢揃いし、笑顔でハグをかわす微笑ましい場面が放送されました。

何度も離脱と復帰を繰り返しているホーガンは2014年にレッスルマニア30のホスト役としてWWEに復帰。8月にはRAW生放送にてホーガンの誕生日セレモニーが開催され、ナッシュとホールがサプライズ登場。

いつも着ているTシャツを破り捨てたホーガンの胸にはnWoのロゴが入った黒いTシャツが。久々に集結したオリジナルnWoの3名は、「こんなことするのはレスラー人生で初めてだぞ」と笑いながらナッシュがハッピーバースデーを歌うなど、終始穏やかな笑顔。

ホーガン、ナッシュ、ホールの「元祖nWo」は2015年3月のPPV「レッスルマニア31」のHHH対スティングの試合(この試合がスティングのWWE初試合でした)にサプライズで登場。WWE対WCWの図式を明確にするため当時敵対していたスティングの味方となって、HHHのセコンドについたDXの旧メンバーたちと場外で大乱闘を展開。古くからのファンを大熱狂させたのでありました。

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