ジンクスという呪縛からの解放・誕生日おめでとう

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5月は鬼門

誕生日ケーキ

「願を掛ける」「験(げん)を担ぐ」

自分の生活や行動や運気を良い巡りにしてもらうために、何かに対して祈ったり、ラッキーアイテムを持ち歩いたり、幸運のルーティンワークを日々繰り返したりということは、多かれ少なかれ誰もが意識していることなのかもしれない。

グラウンドに足を踏み入れる時は左足からとか、パンツを履く時は右足からとか、ラブレターには必ず季語を入れるとか。

「ジンクス」という言葉もある。日本では良い意味で使われることもあるが、欧米では不吉・不幸・縁起が悪いものとしてジンクスという単語を用いるらしい。

成人して以降、どうも5月と相性が悪い。「5月病」ってのもあるが、社会人になってから5月病とやらには1度もなったことがない。連休と学校や仕事は別物だと早い頃から割り切ってたので、それほど引きずられることはなかった。

そういうことではなく、5月になると何か大病を患ったり、不幸なことが起きる。

英語で言えば「Jinx of May」。日本語だと「メイのバカ」。

2週連続で車を運転中に無謀運転のドライバーから衝突される事故に遭ったのも5月だった。2回目の事故では衝撃で割れたガラスの破片が右手の指をかすめて大量に出血。あと少し破片の飛ぶ角度がズレていたら私の指は切断されてた。そういう意味ではラッキーだが、今も後遺症により負傷した指はまともに動かない。

原因不明の高熱で1ヶ月入院したのも5月。入院中には様々なトラブルがあり、病院側の対応を思い出すと今も頭にくる。タバコと縁を切れたことだけが収穫だった。

前の会社で体調を崩して長期休養に入ったのも5月だった。毎年4月末になると「今年の5月は大丈夫だろうか……」と本気で心配してしまう。

今年の5月も、東京旅行の直後にアクシデントで約1ヶ月入院してしまった。その時に負った怪我の一部は今も治ってない。おそらく今後もずっと後遺症を抱えるのだろう。

5月に何かアクシデントがある度に、生涯抱える怪我や後遺症が増えていく。

10歳に対する不安

もう1つ、長年感じてるジンクスめいた不安がある。

10歳という年齢。

私自身が10歳の時、事故により大怪我を負って1ヶ月半ほど入院した(ちなみに5月ではなかった)。この時も生涯治らない後遺症を抱えることになった。

成人して結婚し、嫁が妊娠した時、「俺の後遺症は遺伝しないのだろうか」というのがとてつもなく不安で、医者に何度も「遺伝しないでしょうか、大丈夫でしょうか」と確認した。医者は産婦人科で専門外だったので何とも答えられなかった。

我が家は3人の子供に恵まれたが、私の後遺症は子供たちに遺伝しなかった。長女と次女に少し気になる症状はあるのだけど、おそらく私自身の後遺症とは関係ないように思える。

後遺症に関しては問題なさそうでホッとしたのだけど、「10歳という年齢」に関しても怖かった。

「自分の人生で最も悲惨だった1年」として強烈に刷り込まれてしまった10歳という1年間。子供たちが10歳になったとき、彼等は事故なく健康で1年間を過ごし、無事に11歳の誕生日を迎えられるだろうか。

もし大きな怪我や事故などに遭ったら、それは私自身のジンクスを遺伝させてしまったせいかもしれない。

大げさだとか、考え過ぎなどと、笑う人がいるかもしれない。しかし私は心底怖かった

長男が10歳のとき、「自転車に乗ってて車とぶつかった」と嫁から連絡が入った時は血の気が引いたのを今も覚えている。俺のせいだ、10歳の呪いのせいだ、と本気で思った。

仕事に集中できず、上司に事情を説明して早退させてもらい、帰宅したら意外に元気そうな長男。聞けば車ではなく自転車同士だったという。特に怪我もなく、自転車のカゴが少しヘコんだ程度で済んだ。

嫁は確かに「相手も自転車だ」と説明したよ、と主張する。おそらく私が聞き間違えたか早とちりしたのだろう。

嫁には私の「10歳の不安」を告げてある。だから何度も何度も嫁からは「心配しなくても大丈夫よ」「そんな不幸なジンクスなんて遺伝してないから」と言われ続けた。自分でもなんとなく分かるのだ。意識が過剰なのだろうということは。

子供たちが小学5年生になったら北九州横断バスツアーを決行するという我が家の恒例行事。なぜ5年生なのか。5年生になれば10km以上歩く体力や気力が付いてるだろうというのが1番の理由だが、「10歳の不安」も多少は理由の中に含まれている。

親子二人だけの小旅行。子供とたくさんコミュニケーションを取り、成長した姿を確認すると共に、自分の不安を少しでも取り除きたいという思いがあった。

健やかに成長してくれてありがとう

長男と長女が無事に10歳を通過し、そして今日、末っ子の次女が11歳の誕生日を迎えた。

朝、布団から起きた次女は、

「早いもんだねー、ついこの前まで10歳だったのにねー」

と昔を懐かしむセリフを呟いて、家族全員から「8時間前まで10歳だったやろ」と総ツッコミを浴びた。こういう天然っぷりは嫁と姉の遺伝子をしっかりと受け継いでいる。

11年前の今日もとにかく暑くて、車の中で高校野球のテレビを見ながら待機してた。3人とも安産だったが、次女は分娩室に入ってからの時間が3人の中で最短だった。

最初の子供だった長男の出産に立ち会った時は大号泣してしまった私も、次女の出産時には多少の余裕があった。生まれたばかりの次女を抱き、お前は兄に似たね、つまりパパ似だ、と笑ったのも覚えている。

あれから11年。つい数日前に次女は14kmを歩いてきた。3人きょうだいの末っ子。ずっと「おチビちゃん」だと思ってたのに、気が付けば背も伸びてどんどん成長している。

大きな病気や怪我は1つもなかった。最近は習い事で1番良い賞をもらった。姉のことが大好きで、姉のする事に何でも影響を受けて真似をする。姉が習ったことを全て妹の次女も習い始め、姉が進学のため辞めて以降も続け、気付けば姉より長いキャリアになった。

11歳の誕生日

私自身は怪我や病気が多いけれど、子供たちは健やかで元気に育ってくれている。ケンカもするけど仲が良い3人きょうだい。お前たちから毎日活力をもらってる。お前たちのために父は生きている。

10歳の呪縛は終わった。でも、11歳も12歳も、そして3人全員が成人してからも、親としてずっと見守り続ける。油断はせず、でも極度に不安を感じることも今後は控えめにして、楽しく日々を生きながら成長を記憶していく。

誕生日おめでとう。そしてありがとう。

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