直前の世間一般的な予想および概要
最大の注目点は、なんと言っても前哨戦をことごとく勝ち取ってきて、この年の最多となる12部門にノミネートされた『英国王のスピーチ』に尽きます。
前年は『ハート・ロッカー』と『アバター』の一騎打ち! と盛り上がっていて、実際にノミネート数も9部門で同数でした。と言っても『アバター』では勝負にならないだろうという予想もあり(私もそうでした)、実際にフタを開けてみると主要部門に関しては『ハート・ロッカー』の完全勝利。
今回、『英国王のスピーチ』の対抗馬として挙げられていたのは、巨大SNSに成長したFacebookの創始者マーク・ザッカーバーグを描く『ソーシャル・ネットワーク』。
前哨戦と言われるゴールデングローブ賞では、作品賞を『ソーシャル・ネットワーク』が獲得したことで、『英国王』よりも『ソーシャル』を本命視していたメディアもありました。
『英国王』はイギリス映画だから(つまり本国アメリカにしてみれば「外国作品」みたいなもの)、『ソーシャル』の方が可能性あるんじゃないか、って意見には「なるほど、そういう見方もあるのか」と感心もしたり。
しかし私は(主要部門に関しては)『ソーシャル・ネットワーク』は惨敗するよ、という予想。
理由は、前年の『アバター』と全く同じ。過去の傾向から考えたら、『英国王』はアカデミー会員の大好きなジャンルなんです。
一方で『ソーシャル』はネットメディアが舞台の話ですから、いくら大衆受けが良くても、老人ばっかりのアカデミー会員がどれだけ理解してるか。テーマ的に『ソーシャル』は不利。それが私の予想でした。
ノミネート数で言うと、最多が前述の通り『英国王』の12部門。次いでコーエン兄弟が監督した西部劇のリメイク映画『トゥルー・グリット』の10部門、さらにはクリストファー・ノーラン監督が長年の構想を映像化した『インセプション』、そして『ソーシャル・ネットワーク』が8部門と続いていました。
この年、私が祈りながらオスカー獲得を願ったのは、助演男優賞にノミネートされたクリスチャン・ベール。身を削る過酷なまでの役作りが有名な役者さん。
有名なエピソードとしては、『マシニスト』という作品で「1年も寝ていない男」を演じるため、1日に食べるのはリンゴ1個とツナ缶1個だけという食生活を続け、80kg台だった体重を54kgまで減量。
さらにその直後には『バットマン・ビギンズ』で筋肉ムキムキのバッドマンを演じなければならなかったので、大量のアイスクリームを食べるなどして最終的にはわずか半年で32kg増(=86kg)まで太らせたという話。
バットマン ビギンズ
ただ太っただけじゃなくて筋肉ムキムキなんですよ。1年ちょっとの間で体重を30kgマイナスして30kgプラスしてるんだから、どんだけ気合いが入ってるか。
今回ノミネートされた作品『ザ・ファイター』では、役が元ボクサーで、しかもコカイン中毒という設定だったので、体重を13kg減らしただけでなく、髪の毛の一部を抜いて、歯並びまでも変えて病的に見せたのだそうです。身を削るってこういうことですよね。命がけで、覚悟がいるんですよ。どこかの政治家にも学んでもらいたい。
授賞式の司会は、私の大好きな女優アン・ハサウェイと俳優ジェームズ・フランコという、どちらかと言えば若手にカテゴライズされる二人の役者。
アンちゃんが司会に選ばれたと最初に聞いた時はとても嬉しかったのですが、よくよく考えてみると、大丈夫なんやろか?
前年の司会だったアレック・ボールドウィンとスティーヴ・マーティンのコンビがとても面白く楽しい授賞式にしてくれて、私も大笑いの連続だったから、果たしてあれと同等のショーを若い二人が見せられるのだろうか、という不安がチラリと。
実際に授賞式を見ましたが、いろんな意味で「ちょっとカワイソウ」でした。メディアの評価も散々。酷評されてました。アンちゃん、それなりに面白かったけどなぁ。
※James Franco and Anne Hathaway host the Oscars
それでは主要6部門の話に入ります。
作品賞
●ブラック・スワン
●ザ・ファイター
●インセプション
●キッズ・オールライト
●127時間
●ソーシャル・ネットワーク
●トイ・ストーリー3
●トゥルー・グリット
●ウィンターズ・ボーン
英国王のスピーチ
前年に続きこの年も10作品がノミネート。作品賞に関しては、ここ数年大きな波乱みたいなのはなく、下馬評通りの受賞が続いています。
※“The King’s Speech” winning Best Picture
前年は出演した俳優陣が絶叫して喜びを表現した檀上でしたが、今回は落ち着いてましたね。やっぱり俳優陣の平均年齢が高かったからかな?
監督たちに促され、「俺も行くの?」みたいな感じで重い腰を上げたのは助演男優賞ノミネートのジェフリー・ラッシュ。アナタが上がらなくてどうすんですか。最大の功労者みたいなもんなのに。
監督賞
●ダーレン・アロノフスキー (ブラック・スワン)
●デヴィッド・O・ラッセル (ザ・ファイター)
●デヴィッド・フィンチャー (ソーシャル・ネットワーク)
●ジョエル&イーサン・コーエン (トゥルー・グリット)
前哨戦のゴールデングローブ賞では『ソーシャル』のデヴィッド・フィンチャーが監督賞を獲得していました。しかし結果はトム・フーパー監督がオスカー獲得。
※Tom Hooper winning the Oscar for Directing
メインキャストのコリン・ファースとジェフリー・ラッシュ、そして自分、3人のトライアングル(強い絆)にヘレナがヤキモチを焼いてしまうとスピーチし、ヘレナ・ボナム=カーターが不思議な表情で笑っています。
2007年にトム・フーパーのお母さんが友人の劇に招待され、そこで演じられたのが『英国王のスピーチ』だったのだそうです。そしてお母さんが電話で監督に
「次の映画を見つけたわよ」
と言ったのだそうです。受賞をお母さんに捧げると共に、最後で「listen to mother(母親の言うことを聞け)」と言って笑いを取りました。
主演男優賞
●ハビエル・バルデム (BIUTIFUL ビューティフル)
●ジェフ・ブリッジス (トゥルー・グリット)
●ジェシー・アイゼンバーグ (ソーシャル・ネットワーク)
●ジェームズ・フランコ (127時間)
コリン・ファース以外に誰が獲るんだよって空気でした。5度目のノミネートで初のオスカー獲得。
前年『シングルマン』でノミネートされたのに続き、2年連続でアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたコリンですが、正直言って前年は「消えていた」状態。ノミネートされるだけでもアカデミー賞は大変な栄誉なのですが、注目されていたとは言いづらい状態だったのも確か。
そういう意味でこの年は、前哨戦も制したし、圧倒的な大本命としてアカデミー賞にやって来たわけで、コリン本人もいろんな思いを抱いて授賞式に臨んだのではないかと想像します。
※Colin Firth winning Best Actor
前年の主演女優賞、サンドラ・ブロックがプレゼンターとして登場。ユーモアたっぷりに5人の候補者を紹介し、そして称賛していました。
スピーチの冒頭、「これが私のキャリアのピークかな」と言って笑いを取るコリン。共演者、関係者、友人知人、そして家族に感謝の意。奥さんのリヴィアに「王族のように振る舞ってゴメン」、最後も「では失礼してバックステージで踊ってきます」と、マジメそうな中にもジョークを交えたステキな「オスカーのスピーチ」でした。
主演女優賞
●アネット・ベニング (キッズ・オールライト)
●ニコール・キッドマン (ラビット・ホール)
●ジェニファー・ローレンス (ウィンターズ・ボーン)
●ミシェル・ウィリアムズ (ブルーバレンタイン)
ブラック・スワン
これも主演男優賞と同じで、前哨戦もそうでしたけど、ナタリー以外を予想する人なんていなかった。圧倒的大本命という空気が出来あがってました。まだ若いのに相当のキャリアを積んだベテラン女優、初の栄冠となりました。
この映画のために1年間のダンス・トレーニングを積み、9kg減量し、鬼気迫る演技は高い評価を得ていました。さらには、この映画で振付を担当したベンジャミン・ミルピエと婚約、しかも妊娠していると直前に発表され、話題性も十分。
アネット・ベニングも決して評判は悪くなかったのですが、さすがにこの年、ナタリーの敵はいないだろうと。
※Natalie Portman winning Best Actress
レッドカーペットにいる時はそれほど気にならなかったけど、壇上に上がったナタリーのお腹が意外に大きく、目立ち始めてるなー、ってのが最初の印象。
スピーチの内容は、ひたすら名前を挙げて感謝の言葉に終始。11歳の時に『レオン』でナタリーを抜擢したリュック・ベッソンの名前もありました。
そして婚約者のベンジャミンには、「私の人生で最も重要な役目(my most important role of my life)を与えてくれた」と感謝。
助演女優賞
●エイミー・アダムス (ザ・ファイター)
●ヘレナ・ボナム=カーター (英国王のスピーチ)
●ヘイリー・スタインフェルド (トゥルー・グリット)
●ジャッキー・ウィーヴァー (アニマル・キングダム)
ザ・ファイター
前哨戦でも強かったメリッサ・レオが堂々のオスカー受賞…だったんですが、とんでもないことをヤラかしました。
受賞スピーチの最中、感極まったのか興奮し過ぎたのか分からないですが、禁断のFワード(=つまり放送禁止用語)を発してしまったんです。会場は大爆笑でしたけどね。
2004年、スーパーボウルのハーフタイム・ショーでジャスティン・ティンバーレイクとデュエットしていたジャネット・ジャクソンが、ショーの途中で胸をポロリさせる事件がありました。
ジャネットの胸には二プレスのような飾りが装着されてたので、アクシデントではなく明らかに演出なんですけど、ものすごい視聴率を誇るスーパーボウルですので、リアルタイムで見ていた人たちが大騒ぎして(一瞬のことでしたから、見えちゃったと視聴者は思ったんでしょう)、テレビ局とジャネット本人は謝罪するハメに。
この時の教訓で、生放送をうたう大イベントでも実際には生放送ではなく、5秒ほどズラして放送する「ディレイ放送」というのが定着。今回のアカデミー賞もディレイ放送をしていたので、メリッサ・レオのFワードは放送されずに済みました。
おもわずポロリしちゃったメリッサの失言でしたが、中には「わざとじゃないか」「確信犯だ」という論調もあり、私も確信犯だろうなと思ってます。だって、失言した直後がわざとらしいんだもん。本当の失言ならもっと慌てるはずだし。
助演男優賞
●ジョン・ホークス (ウィンターズ・ボーン)
●ジェレミー・レナー (ザ・タウン)
●マーク・ラファロ (キッズ・オールライト)
●ジェフリー・ラッシュ (英国王のスピーチ)
助演女優賞に続き、助演男優賞も「ザ・ファイター」が獲りました。
クリスチャン・ベールの受賞スピーチがまた笑わせてくれたのですが、彼は2009年に主演作『ターミネーター4』を撮影中、スタッフにFワードを連発して怒鳴りまくってる音声がメディアに流出してしまい、ものすごい批判を浴びてしまった過去がありました。
で、同じ作品に出演したメリッサ・レオがオスカー獲得したのはいいけどFワード失言なんですよ。それでもクリスチャン・ベール、さすがでした。
「僕はFワードは言わないよ。前にやっちゃったからね」
とアドリブを利かせて会場を笑わせました。
今回は「英国王」旋風が吹き荒れていたので、もしかして助演男優賞もジェフリー・ラッシュが獲ってしまうんじゃなかろうかと思ってましたが、フタを開ければクリスチャン。ファンとして嬉しい瞬間でありました。
その他の主な受賞作品
◆ソーシャル・ネットワーク
脚色賞、作曲賞、編集賞を受賞。
ソーシャル・ネットワーク
◆インセプション
音響編集賞、録音賞、撮影賞、視覚効果賞を受賞。
インセプション
◆トイ・ストーリー3
長編アニメ映画賞、歌曲賞を受賞。
トイ・ストーリー3
◆アリス・イン・ワンダーランド
美術賞、衣裳デザイン賞を受賞。