宿場町・木屋瀬から開館50周年の直方市石炭記念館へ【八幡西ウォーク】

江戸時代の宿場町、木屋瀬宿

今回のウォーキング大会は、直方市と北九州市、2つのエリアを歩くコース。ほぼ同じコース設定の大会を過去に何度か歩いたことがあるので、ルートはすべて把握している。

JR筑前植木駅
JR筑前植木駅(直方市植木)

今回のスタート地点、JR筑前植木駅。2015年から無人駅となっている。

植木小学校付近
植木小学校付近

筑前植木駅を出発し、遠賀川のある東へと進む。

犬鳴川
遠賀川に合流する犬鳴川

狭い道路を抜け、2つの川をまたぐ中島橋を渡る。橋の手前は直方市、橋の向こうは北九州市八幡西区となる。

写真の上側に見えるのは、九州自動車道と九州新幹線の橋。向かって左側を流れる、幅が狭いほうの河川は遠賀川の支流「犬鳴川」。宮若市から流れ、ここで遠賀川と合流する。

最上流となる犬鳴ダム周辺は、ホラー映画「犬鳴村」の舞台として取り上げられ、現地で映画撮影もおこなわれた。

遠賀川
河川幅の広いほうが本流の遠賀川

向かって右側、幅が広いほうの河川は本流の「遠賀川」。嘉麻市、飯塚市と流れて直方市、北九州市へとたどり着く。北九州市では「紫川」と並んで大きな河川。

長崎街道木屋瀬宿記念館
長崎街道木屋瀬宿記念館(北九州市八幡西区木屋瀬)

長崎街道木屋瀬宿記念館」に到着。

江戸時代、参勤交代制の確立に伴い整備された長崎街道、その宿場町の一つとして栄えた木屋瀬宿の風情を感じることができる。

毎年11月の第1日曜、木屋瀬では「宿場まつり」が開催される。今回のウォーキング大会はお祭りとタイアップしていたと思うが、前年(2020年)に続き今年も宿場まつりは中止となってしまった。

八幡西区木屋瀬
道幅は狭いが生活道路で車も通る。歩行者は注意

江戸幕府8代将軍・徳川吉宗に献上するため長崎に上陸した2頭の象(ゾウ)が、江戸に向かう途中でここ木屋瀬宿に宿泊したという記録が宿帳に残っているらしい。

2週続けて陶器を愛でる

直方市感田付近
この辺りから直方市に入る

木屋瀬の風情ある街並みを過ぎ、再び直方市へ入る。かなり長い直線道路が待ち構えている。

この直線道路の果てを見て「うわあ、あんな遠くまで歩くのか」と落胆するか、「おお、なかなかの距離、歩き甲斐がある」と胸躍らせるかで、疲労度は全く違ってくる。

経験さえ積めば思考はどんどんポジティブになり、長距離を歩くことが楽しさに変換できるようになる。

筑前感田焼
筑前感田焼の窯元(直方市感田)

筑前感田焼」の窯元に到着。建物の中には万華鏡のようにキラキラ輝く「回り燈籠」と呼ばれる陶器も飾られていた。

こちらでは陶芸教室も開催されているとのこと。希望者は陶芸を体験することができる。

筑前感田焼の陶器販売
筑前感田焼の陶器

筑前感田焼の陶器販売もされていた。ウォーキングを小休止し、テント内の女性陣と談笑。

1週間前にも上野焼を見に行ってきた、という話をしたら、「焼き物好きなんですね〜」とニッコリされた。焼き物は子供の頃から好き。ろくろを回したことはないけれど。

旧長崎街道感田村の跡地
旧長崎街道感田村の跡地

旧長崎街道感田村。「木屋瀬宿ノ口」という説明がある。木屋瀬宿の入口ということなのだろうか。それにしては木屋瀬から結構遠い。

筑豊電鉄 感田駅
筑豊電鉄 感田駅

筑豊電鉄・感田駅に到着。感田の読みは「がんだ」。「かんだ」ではない。

筑豊電鉄は、福岡県内の大半をカバーするバス会社でお馴染み、西日本鉄道(にしてつ)の子会社で、愛称は「ちくてつ」。黒崎駅と筑豊直方駅を結ぶローカル路線である。

※筑豊直方駅はJR直方駅から700メートルほど離れた場所にあり、直方にて筑豊電鉄からJRに乗り換える際は徒歩で移動する必要があります。

1週間前の福智町ウォーキング大会に参加する際乗車した、赤池駅や金田駅を含む「平成筑豊鉄道」は、筑豊電鉄とは別会社・別路線。

遠賀川堤防
遠賀川堤防

遠賀川の堤防に出る。しばらく南へ進む。

日ノ出橋東交差点
「日ノ出橋東」交差点

「日ノ出橋東」交差点から右折し、川を渡る。

この交差点は、東西南北全ての方角から老若男女さまざまなドライバーによる極悪非道な信号無視が道路交通法など存在しないパラレルワールドかと錯覚するほど日々繰り広げられている。

特に歩行者は、信号が青になったからといって安易に横断歩道を渡り始めてはいけない。この交差点に関して、すべての歩行者は「車は信用ならない」という猜疑心の塊となって歩かないと冗談抜きで命を落とすかもしれない。

冗談でも誇張でもない。信じられないのなら、一度ここに立って1時間ほど見物してみれば分かると思う。

石炭記念館に見慣れぬ像を発見

遠賀川と彦山川の合流地点
こちらは遠賀川と彦山川の合流地点

スタート直後、中島橋で「遠賀川と犬鳴川の合流地点」を写真付きで紹介したが、こちら日ノ出橋は中島橋よりも上流で、「遠賀川と彦山川の合流地点」。左が支流の彦山川で、嘉麻市や田川市から流れてきている。右は本流の遠賀川。

彦山川と遠賀川の中州にあたるエリアでは毎年春になると桜やチューリップの花々が咲き乱れて大変美しい。開花時期にはイベントも開催されている。ウォーキング大会もタイアップされるので当ブログでも何度か紹介している。

直方市古町付近
直方市古町付近

日ノ出橋を渡り、西へ直進。ゴール地点となるJR直方駅はすぐ目の前なのだが、ここで遠回りのため左折し、商店街を歩く。

ふるまち通り商店街
ふるまち通り商店街

ふるまち通り商店街を南へ。

とのまち通り
とのまち通り

アーケードを抜け、とのまち商店街を南へ。実はこの通りも旧長崎街道である。

直方谷尾美術館
直方谷尾美術館(直方市殿町)

直方谷尾美術館」に到着。この建物、元々は病院だったが、「直方びっくり市」などを経営する明治屋産業の創立者・谷尾欽也氏が改装し、1992年に私立美術館としてオープンさせている。

2000年3月に直方市へ寄贈され、現在は市立美術館となっている。

ギャラリーのぐち
ギャラリーのぐち(直方市殿町)

ギャラリーのぐち」に立ち寄り、工芸品を見物。ウォーキング先着特典の可愛らしいトレイを頂いた。

福北ゆたか線DENCHA
白と青で分かりやすい「DENCHA」

多賀神社のすぐ下を、JR福北ゆたか線の蓄電池電車「DENCHA」が直方駅に向かって走り去っていく。

直方石炭記念館
直方市石炭記念館と福北ゆたか線の線路

JR福北ゆたか線の線路をまたぐ高架の上から直方市石炭記念館を撮影していると、(上の写真では見切れているが)右のほうに見慣れない像があることに気付く。あんな像あったっけ?

坑夫の像
石炭記念館入口に移設された「坑夫の像」

直方石炭記念館の入口付近に像がある。

解説を読むと、この像は「坑夫の像」という。最初、ジェームズ・ボンドか何かの像だと思ったが、炭坑で働く坑夫さんだった。持っているのはライフル銃ではなく削岩機というものらしい。

※直方市を含む筑豊地方は、かつて日本最大の石炭産地として栄えていました。

解説によれば、昭和29年(1954年)から平成8年(1996年)まで、この像は改装前のJR直方駅ロータリーにあった。その後、平成8年(1996年)に遠賀川と彦山川に挟まれた堤防(=この記事少し上で「遠賀川と彦山川の合流地点」と書いた写真の場所か?)に移設された。

さらに今年、令和3年(2021年)に石炭記念館へと移設された、と解説に書かれてた。なるほど今年か。今まで気付かなくて当たり前だった。

直方市石炭記念館
直方市石炭記念館(直方市直方)

直方市石炭記念館は昭和46年7月20日に開館し、今年(2021年)で50周年を迎えた。

蒸気機関車と像
蒸気機関車の前にも像

展示されている蒸気機関車の前にも像。ゴーストバスターズのようにも見えるがさっきと同じ坑夫さんだろう。この像は以前からあったのか、それともやっぱり最近になって移設されたのか。全然記憶にない。

直方駅近くの歩道橋
直方駅近くの歩道橋から

直方市民球場の横を抜け、歩道橋を渡る。

JR直方駅西口
JR直方駅西口

JR直方駅の西口(山部口)に到着。階段を上ってホームの高架を渡る。

直方駅・折尾方面
折尾方面

直方駅のホームを見下ろす。

平成筑豊鉄道ホーム
平成筑豊鉄道のホーム

平成筑豊鉄道のホームに青い車両が停まっている。前回の福智町ウォーキング大会(=赤池駅から金田駅まで)に参加する際、このホームから電車に乗って赤池駅まで移動した。

直方駅・博多方面
博多方面から電車が到着

こちらはJR福北ゆたか線。博多方面からの上り列車が直方駅に到着したところ。

直方駅の魁皇像
直方駅東口の魁皇像

ウォーキング大会のゴール受付も完了。今回は9.8km。今年歩いたウォーキング大会の中で最長だった。

駅東口にある直方の英雄・魁皇像の写真を撮ってから帰宅。

魁皇といえば、この時期は大相撲・九州場所開幕の1週間前。過去にはウォーキング大会と相撲部屋がタイアップした土俵見学に何度か参加した。今は亡き貴乃花部屋で力士の失礼な態度にブチギレたこともあったし、錣山部屋の力士さんと宿舎まで歩いたこともある。

錣山部屋の力士さんたち(右端が阿炎)

上の写真は今から4年前、2017年11月の篠栗ウォーキング大会で錣山部屋の土俵見学に行った際、撮影させてもらったもの。

右端にいる長身の男性が阿炎(読みは「あび」)。この写真を撮った頃の阿炎は、直前に開催された9月場所で十両優勝し、写真を撮った直後の九州場所で2ケタ勝利をあげ、新入幕を果たした。上昇気流に乗りまくっている頃の阿炎を撮影できたのはラッキーだった。

幕内でも阿炎は活躍を続け、横綱の白鵬や鶴竜に勝利して金星も獲得し、三役(小結)まで出世。

ところが2020年に複数の問題行動や言動で猛批判を浴び、3場所の出場停止処分を受けて幕内から転落、幕下まで番付を下げてしまった。

その後、幕下で2度の優勝、さらに2021年9月場所では十両優勝も成し遂げ、今年の九州場所では1年ぶりの幕内復帰となった。

九州場所自体が2020年は新型コロナウィルス感染拡大の影響で開催中止となったため、今年は2年ぶりに大相撲が福岡開催となる。ただ、この時期では毎年開催されてたはずの「相撲部屋とタイアップしたウォーキング大会」は、さすがに時期尚早か、今年は開催されなかった。

まだまだ油断ならない新型コロナ。それでも大相撲が福岡に帰ってきたことは相撲ファンとして最高に嬉しく、また阿炎が幕内に戻ってきたことも嬉しい限りである。

最後は相撲について語ってしまったが、大相撲の九州場所が盛り上がってくれることを、そして復活した阿炎が土俵上で大活躍してくれることを願っている。

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