[Я]懐かしのプロレスラー列伝#16:ミス・エリザベス

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清純派な美人マネージャーという印象だった

昔は日本のプロレスが大好きでした。でも今は全く見ていません。橋本真也選手が亡くなった週の本を最後に「週刊プロレス」の購入も辞めました。最近のレスラーは全く分かりません。

そんな私が現在欠かさず観ているのは、アメリカ最大のプロレス団体「WWE」の中継。毎週「J SPORTS」を録画して楽しく観戦してます。有料のPPVも2013年から全試合を観てます。

WWEは以前の団体名が「WWF」でしたが、同じ名称だった「世界自然保護基金(WWF)」と裁判して負けて、現在のWWEという名称になってます。

団体名がまだWWFだった80年代、当時はハルク・ホーガンが絶大な人気を誇ってましたが、同時期に頭角を現したランディ・サベージという選手がいました。

ランディ・サベージ


サベージのマネージャーとしてWWFに登場し、人気となった美人マネージャーが、今回紹介するミス・エリザベス

前述の通り試合の映像を見たことがなく、当時は週刊プロレスの写真を見るだけでしたが、とても美人だったけれどセクシー路線というわけでもなく、汚いことをしてレスラーを助けファンから嫌われる役割でもなく、とても「清純派」なマネージャーという印象でした。

リング上で結婚式

サベージとエリザベスは実生活で1984年に結婚していて実際に夫婦だったのですが、リング上では選手とマネージャーという関係。当初は恋愛関係という設定でもなかった。

サベージがベビーフェイス(=善玉)だった頃は良好だった二人の関係も、ホーガンとサベージがエリザベスを巡って三角関係となり(リング上での設定では、ですよ)、やがてホーガンと決裂したサベージはヒール(=悪役)に転向。ここでエリザベスともコンビを解消してしまいます。

ヒールのサベージは当時ヒールのマネージャーとして有名だったシェリー・マーテル(当時のリングネームはセンセーショナル・シェリー)とコンビを組むことになります。

1990年にWWFと新日本プロレス、そして全日本プロレスの3団体が合同開催した夢の大会「日米レスリングサミット」でサベージは初来日し、天龍源一郎と名勝負を繰り広げました。

この時、センセーショナル・シェリーもリングの外で様々な悪事を働く大暴れ。実況席にいた徳光和夫がブチギレまくってシェリーと口論するという珍場面もありました。エリザベスはたぶん日本に来てなかったんじゃないかな。観た記憶がない。

1991年、サベージはアルティメット・ウォリアーと敗者引退マッチを闘って敗れ、シェリーとケンカ別れ。ここで救いの手を差し伸べたのがエリザベス。彼女の優しさで改心したサベージはベビーフェイスに再び戻り、エリザベスとのコンビも復活。

同年8月に開催された「サマースラム」という大会において、サベージとエリザベスはリング上で結婚式を挙げ、祝福されました。とは言っても実生活ではその7年前からずっと夫婦だったんですけどね。

離婚して移籍して、復縁したけど復縁してない

リング上で結婚式を挙げて以降、しばらくコンビを組んでた二人ですが、皮肉なもので翌年には実生活で離婚。この辺りから徐々にエリザベスはテレビに登場しなくなったそうです。そりゃそうですよね。お互いツライもんなぁ。

1994年、WWFの絶対的エースだったハルク・ホーガンがライバル団体のWCWに電撃移籍。WWFが人気となる前、アメリカではNWAという団体(というか組織)が巨大な権威を誇ってたのですが、WWFが徐々にシェアを拡大したことで衰退し、紆余曲折を経て誕生したNWAの後継団体がWCW。

移籍したホーガンが、後にWWFから移籍した人気レスラー、ケビン・ナッシュ&スコット・ホールと共にヒールユニット「nWo」を結成。これが大当たりして、世界中で大人気となりました。日本でも蝶野選手や武藤選手が中心となって「nWoジャパン」を結成。私もnWoのTシャツやGジャンを持ってた。

このnWo人気が凄まじすぎて、一時はWCWの視聴率がWWFを上回り、WWFが本当に潰れてしまうかもしれないくらいヤバかったんだそうです。最終的には再逆転して、WCWはWWFに吸収合併されちゃうんですけど。

そのnWoにエリザベスも加入しました。おそらくホーガン繋がりなんでしょうね。ヒールユニットにエリザベスがいるという構図がどうも想像しにくいんですけど、WCW時代のエリザベスがどんな感じだったのかは知りません。悪いことをしてたのか、相変わらず清純派だったのか。

で、サベージもWCWに移籍しちゃいまして、最初はnWoと敵対するんですけど、やがてサベージもnWoに加入。このとき、サベージとエリザベスは仲間になったことで、リング上で復縁したというストーリー展開になりました。実生活では復縁してませんよ。やりづらかっただろうな。

私が知ってるリング上のエリザベスに関しては、ここまでです。

なんとも衝撃的で哀しかった最期

久々に週刊プロレスでエリザベスの名前を見たのは2003年でした。当時、斎藤文彦氏が連載していたコラムに、エリザベスが急死したと書かれていた。

写真が1枚もないモノクロのページに文章だけで、ニュース速報的な扱いでもなく、コラム形式でサラッと書かれていただけ。ただ、コラムの内容を見ると、そうせざるを得ない配慮みたいなものがあったのかもしれません。

サベージと離婚した後、エリザベスは当時人気のあったレックス・ルガーというレスラーと交際していたらしいのですが、2003年5月、そのルガーの自宅でエリザベスが死去しているのが発見されました。

薬物による死去のような記述で、その薬物が検出されたのか、それともルガーの自宅で発見されたのかは忘れましたが、ルガーは逮捕されて連行された、と載ってた記憶があります。禁止薬物による死なのかと当時は思ってましたが、死因はどうやら鎮痛剤とアルコールの過剰摂取によるものだったそうです。

コラムを読むまでルガーと交際してることも知らなかったし、ルガーが逮捕されたのも衝撃的でしたが、何よりもエリザベスが死んじゃったというニュースが短い文章だけで簡潔に綴られてたのが妙に哀しかった。

あの清純派がスカートを脱いだ!

エリザベスが登場する試合の映像はほとんど見たことがないんですけど、以前「J SPORTS」でWWEの懐かしい試合を紹介する「ヴィンテージ・コレクション」という番組がありまして(今もやってるのかな?)、初めてエリザベスの登場する試合を見ました。

レッスルマニアに次ぐ大きな大会として毎年夏に開催されている「サマースラム」、その第1回大会が1988年で、メインイベントがホーガンとサベージのタッグ。対戦相手は「大巨人」アンドレ・ザ・ジャイアントと「ミリオンダラーマン」テッド・デビアスの悪役タッグ。

特別レフェリーがジェシー・ベンチュラ。元WWFの人気選手で、その後に政治家へと転身。確か当時はどこかの市長さんじゃなかったかな?

試合終盤、ホーガンとサベージがリングの外で共にダウン。レフェリーのカウントが進み、このままではリングアウト負けになってしまう。

その時、リング端のエプロンに上がったエリザベス。黄色の可愛らしい衣装を着てました。レフェリーのベンチュラはエプロンから下りるようエリザベスに注意。

突然、エリザベスは履いてたスカートを脱いだ(笑) 赤いパンツ1枚の状態。いわゆる「お色気作戦」ですわ。

レフェリーのベンチュラは驚いたのか欲情したのか、カウントを取るのも忘れて静止。アンドレとデビアスも見取れてポカーン状態。

その隙を利用して復活したホーガン&サベージが大逆転勝利、っていうベタな流れですけど、あの清純派なエリザベスが赤パンツ1丁になるなんて夢にも思わなかったから、手を叩いて大喜び もうビックリですよ。

あれは強烈なインパクトでした。見て良かった。

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