ひと悶着あった見知らぬ女性から突然相談をされた

日々恐ろしかった「満員電車」

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大学を卒業して東京のIT企業に就職し、福岡県から千葉県に転居したのは、もう何十年も前の話になる。

生まれ故郷の鳥取県でも、そして大学生活を過ごした福岡県でも、JR(電車)にはほとんど乗ったことがなかった。

特に福岡は西鉄バスの路線が充実していたこともあり、バスか、友人の車のどちらかで毎回移動していたので、JRに乗ったのは大学生活の4年間で数回ほどしかなかったように記憶している。

そんな「電車とは縁のない約20年」を生きていた自分が、就職と共に関東へ行き、いきなり「通勤地獄」と日々向き合うことになった。

話には聞いていたので「大変なんだろうな」と予想はしていたが、とんでもなく甘かった。大変どころか地獄の日々だった。

千葉県の本八幡駅から総武線に乗って秋葉原駅まで行き、秋葉原から山手線に乗り換えて、田町駅で下りる。これが就職当初の通勤ルート。

山手線の乗車率もスゴかったが、総武線も毎朝それなりにスゴかった。もっといえば、市川駅から総武線快速に乗り換えることもたまにあり、これが尋常ではなく一番ひどかった。人が多すぎて圧死するかと思った。だから総武線快速は数回しか利用していない。

特に朝の山手線の満員っぷりは日々辟易していた。毎朝その満員電車を体験すれば徐々に慣れてくるのかなとも思っていたが、全然慣れなかった。ストレスしかなかった。

山手線での通勤期間中に幾つか、摩訶不思議な体験をした。

「東京ってヘンなとこだな」と心底感じた体験。今回話すのは、その中の1つ。

哀しい目をしながら彼女は睨んだ

その日も仕事を終え、田町駅から山手線に乗った。乗車率が高く、乗った時点でギュウギュウ詰めだった。

運が良ければ夜は座ることも出来た山手線。しかしその日は到底無理だとあきらめ、ドア近くに立ち、小説を読み始めた。

東京駅では、下りたよりも数倍ほどの人数が乗車してきて、車内は更に圧迫された。まったく身動きができなくなり、それでも右手に持った小説を黙々と読んでいた。

乗り換えの秋葉原駅の1つ手前、神田駅にもうすぐ着こうかという頃、右斜めの方角から小さく、

「やめてください」

という女性の声が聞こえた。

特に気に留めることもなく本を読み続けていると、数秒後、先ほどよりも少し大きな声で、

「やめてください」

と再び声がする。

何だろう、と思って声が聞こえた方角を見る。

背の低い女性が、怒りと哀しさを半分ずつ溜めた表情で、こちらをキッと睨んでいた。ビックリした。

「え? 俺?」

驚いて彼女に返答する。

「なんでそんなことするんですか?」

彼女は声を震わせながら、背の高い俺を見上げて言う。

まだ状況が飲み込めてない自分は返答に窮する。「読書したらいかんの?」と素で思う。

「お尻とか腰とか触ったでしょ」

と彼女が言葉を続け、ここで状況を察した。

彼女が怒り哀しんでる理由は察したが、ちょっと待て、それは俺と関係ない。

「え? いやいや俺じゃないですよ」

と釈明。彼女は目を大きく見開いて「はあ?」と怒り口調で呟いた。

「だってほら、俺の体勢見て!」

四方すべての周囲を見知らぬ誰かと密着したギュウギュウ状態で身動きできなかったが、右手は文庫本を持ち、左手は鞄を持っている。

本を持つ右手は高く持ち上げていたので、身長の低い彼女の尻や腰どころか、頭部よりも上にある。

鞄を持つ左手は地面に向けて下げていたので、もしかして鞄が誤って彼女の腰などに当たった可能性があったかも(それなら確かに俺が悪い)、と一瞬思ったが、彼女と正反対の左側にある鞄は彼女に届くわけがない。

「触りようがないでしょ、俺じゃないですよ」

「手じゃなくても×※★◎◆」

彼女はすぐ何か次の言葉を放ったが聞き取れず、同時に電車は神田駅に到着。下車する乗客が一気にドア付近に押し寄せ、その波に抗えずホームに押し出されてしまった。

神田駅のホームで彼女は更に怒った

次の秋葉原駅で乗り換える必要があった自分はすぐ電車の中へ戻ろうとした。

しかし、同じく群衆に押し出されたのか、あるいは自分の意志で下りたのか、彼女がすぐ横に立っていて、腕を掴まれた。

「逃げないでください!」

いや、逃げるとかじゃなくて俺は秋葉原まで、と言いかけたが聞いてない彼女は言葉を続ける。

「毎日毎日なんで私ばっかりなの? 毎日私ばっかりつきまとって!」

電車の中よりも数倍大きな音量で彼女は叫んだ。

「はあ?」と今度はこちらが叫んだ。「毎日?」

聞けば、彼女は仕事を終えての帰路、毎日のように山手線の中で「俺」に身体を触られてるのだという。電車の時刻を変えても必ず「俺」が近くにいるんだとか。

初対面! あなたのことは知りません! と告げても全く信用してもらえない。彼女は完全に「嫌悪と憎悪の対象」としてこちらに視線を送っている。

明らかに彼女は興奮して半狂乱になりながら、そしてこちらの腕を掴んで放さないまま、謎の男につきまとわれている恐怖と、電車内で日々繰り返される行為への罵倒を叫び続け、やがては泣き始めた。

どう釈明しても信じてもらえず、「うわあ、どうすればいいんやろ」と半ば放心状態となっていた時、スーツ姿の見知らぬ男性(40代くらい)が声をかけてきた。

「この人、違いますよ、チカンじゃないです」

その男性は電車内ですぐ左側に立っていたらしく、右手に本、左手に鞄を持ちながら動いておらず、変質的な行為に及んでなどいなかった、と俺が無実である証言をしてくれた。

「この人じゃないんですか?」

彼女はしばらく40代男性と問答を繰り返す。彼女はいろいろと行為について質問するが、男性は「この人じゃない」「そんなことしてない」「見てましたから」「違います」などと全て否定してくれた。

彼女はようやく俺の腕を放した後、無言で数秒ほど、こちらの顔を眺めた。怒りは消えていたが、なんだか軽蔑するような視線だったので、「まだ俺のこと疑ってんの?」と感じ、さすがに腹が立ってきた。

やがて彼女は視線を逸らし、無言のまま寂しげな足取りで階段へと向かい、神田駅のホームから消えた。

後で思い出して「謝罪もねえのかよ」と憤りはしたが、その時は自分がなんだかとても大変な事に巻き込まれてしまったことを再認識し、さらに疑いが晴れたことで安堵し過ぎて、ドッと疲れが出てしまった。

「災難でしたね」と笑いながら40代男性が声をかけてきたので、何度も何度もお礼を言った。

「違うなら違うって反論しないと本当に犯人にされちゃいますよ」と男性。

いやいやメチャクチャ反論したんですけどね! 全然信用してもらえなかったんです!

「毎日つきまとわれてる、とあの人は言ってたけど、面識はあったの?」と訊かれたので、全く知らない人だし、話したのも見たのも今日が初めてですよ、と答えた。

「あなた背が高いから、そう思われちゃったのかもしれないね」と男性。

「背が高いと目立つから、同一人物だと思い込んじゃったのかもしれないね。あるいは偶然あなたと彼女は毎日同じ車両にいたとかね。背が高いから『ああ、またあの人』って覚えられちゃったのかもしれない」

そんなもんですかねえ、と反応すると、40代男性は笑いながら続けた。

「俺も身長高いから(=俺と同じく彼も180センチを超えていた)、目立っちゃうのは分かるよ。少し前もね、背が高いってだけで何かの事件の犯人だと間違われて警察に職務質問されたことあるんだよ。背が高いってだけだよ。失礼だよなあ(笑)」

奇妙に高い遭遇率

その出来事があった翌日。

仕事を終えて田町駅から電車に乗る。前日ほど混んではいなかったが、それでも乗客は多く、座る場所はない。

この日はドア近くではなく少し中に入り、乗客が横に並んで座っている座席の前に立った。40代男性からもらったアドバイスの通り、右手に本を持ち、左手は鞄を持ったまま吊革を吊すバーの上に置いた(背が高いとそういうこともできる)。

東京駅に到着し、いつものように新たな乗客が大量に流入してくる。群衆に押されて少し動いた際、誤って前方に座る人の足を踏んでしまった。

うわヤバいと思い、本から視線を離して前方の人に「すみません」と謝った。

踏まれた足の持ち主は、彼女だった。

無言のまま上目遣いの冷たい視線で、彼女はこちらを見ていた。

心臓が飛び出すほど驚き、うわ!! と心の中で絶叫した。いや、声に出したかもしれない。

「すみません」ともう1回彼女に謝り、慌ててドア付近の空いたスペースに移動した。移動すると逆に「やましいことあるんでしょ」と怪しまれるかもしれないとは思ったが、また無実の罪をかぶせられるのも困る。

しかし、彼女は昨日「毎日毎日私をつけてくる」と言ってた。今風に言えばストーカー。確かに昨日の今日で、2日連続でこうやって至近距離にいるんだから、疑われるのは仕方ないのかもしれないな、と思った。なんて不運なんだろう俺、とも思ったが。

東京駅を出発して少し経ち、ドア付近から彼女の座るほうを1回だけチラリと眺めてみた。彼女は俺をジッと見ていた。冷たい視線は変わらず。「ひえー!」と心の中で叫び、慌てて視線を文庫本に戻す。

同じ空間にいることが精神的に耐えられず、「次の神田駅で一度下りて、1本後の電車で秋葉原に行こう」と決めた。

神田駅に到着し、下車する乗客の群れと共にホームへと下りた。すると数秒後に彼女も下りてきた。相変わらずの冷たい視線で数秒ほどこちらを見て、プイッと視線を逸らして階段へと去っていった。

彼女は神田で下車する人だったのを忘れてた。完全に逆効果だった決断をした自分を責めた。

なぜ彼女は秋葉原に?

その後、約3週間くらいの期間で彼女とは7〜8回遭遇していた。数えていたわけでもないし、ずいぶん昔のことなので正確には覚えてないのだが、やたらと彼女に遭遇して絶望したことは覚えている。

最初の何回かは電車の中だった。身体に触れたり足を踏んだりするような至近距離ではなく、いつも少し離れた場所に彼女はいたので、誤解されるような状況にはならなかったのだが、こちらとしては毎回絶望していた。「なぜこうも偶然が続くのか」と。

いつも乗るのとは別の車両にしたり、乗る時刻をズラしたり、山手線ではなく京浜東北線にしたりもしたのだが、それでも彼女と遭遇してしまう。

遭遇すればするほど、彼女は自分をますます「つけ狙う人(今風にいえばストーカー)」だと信じてしまうではないか。自分の運命を呪うしかなかった。

その後何度かは、電車内ではなく、秋葉原駅のホームで彼女と遭遇した。それも不思議だった。

彼女は1つ前の神田駅で下車する人だったはず。でもなぜか、彼女は何度か秋葉原駅のホームに立ち、こちらを見ていた。

遭遇する都度ギョッとして、なるべく視線を合わせないようにして山手線ホームから総武線ホームへと早足で移動した。時には「うわあ星空がキレイだなあ」と秋葉原の夜空を眺める体で歩きもしたが当然ながら星など出ていなかった。

再び声をかけてきた彼女は泣き始めた

その日も仕事を終え、満員の山手線に揺られていた。例の彼女はおらず、いつものように車内で左手を上げ、右手で文庫本を持って読書をしていた。

秋葉原駅で山手線から下り、総武線のホームへと足早に移動していると、前方に彼女が立っていることに気付いた。

いつものように知らないフリをして素通りしたのだが、数秒後、背後から「すみません」と声がした。

あの時と同じく自分が声をかけられた感じはしなかったのだが、気になって後ろを振り返ると、すぐ背後に彼女がいた。背筋が凍った。

「すみません、少しお話し出来ませんか?」

そんなようなことを彼女は言った。意味が分からなかった。嫌悪や憎悪や冷酷な感じの表情ではなく、彼女は恥じらうような、戸惑うような表情をしていた。

頭をフル回転させ、「あなたが変質者である決定的な証拠を掴んだので一緒に警察へ行きましょう」的なことでも言うつもりなんじゃないか、という疑惑が浮かんだ。

どうしてもこの女性は俺を犯人にしたいのか。俺が無実だというのは、あの日40代男性が証言してくれたじゃないか。なのにまだ俺を疑うだなんてあんまりだ。「しつこくつきまとう」と俺に言ったが、むしろアンタが俺につきまとってるじゃないか。いい加減にしろ。

そんな思考がバババッと一瞬で脳裏をよぎり、思い込みなのだが猛烈に腹が立ってしまい、

「ねえ、まだ疑ってるんですか? しつこすぎんか?」

と苛立ちながら彼女に言った。

「いえ違うんです、あの時すごく失礼なことしちゃったので、謝りたかったんです」

彼女は慌てた表情でそう言った。あれ? 謝罪なの?

あの後に何度か同じ車両になったけれど、アナタは私の近くにいなかったし、違う人だったんだと分かった、私の勘違いでした、と彼女は謝罪した。

「誤解だったと分かればいいんですけど、え、違う人って、まだ被害にあってるんですか?」と思わず訊いてしまった。

あの後も何度か被害にあった、と彼女は驚きの発言。「この人がチカンじゃないかって人いたんですけど、チカンだって捕まえてもアナタの時みたいにチカンじゃなかったら迷惑かけるし、でもチカンは許せないんです」

話しながら彼女は泣き始めた。すごく気の毒になってしまい、かける言葉を失ってしまう。

我に返って周囲を見ると、駅のホームを行き交う人々が皆、なんだか異様な表情でこちらを見ている。男が女を泣かせ、女は泣きながら「チカンがチカンが」と連呼している。

俺、すごく怪しい。良くない。

「ちょっと……場所を……変えましょうか、ここでは何だし」

と、周囲の目が気になり極力早くその場から去りたくて告げた後、「あ、話ってそういう話ですか?」と再質問。

「いえ、別の話なんですけど」と彼女。

彼女の告白

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それから彼女と一緒に秋葉原駅の改札を出て、しばらくどこかを歩いた。昼の秋葉原は何度か訪れたことがあった程度で地理に疎く、しかもその時は夜だったので、どこを歩いているのか全く分からなかった。

やがて彼女はどこかの喫茶店に入った。何度か来たことのある店だという。

その日、自宅に帰ってからとても見たいTVドラマがあった。何のドラマかは覚えてないのだけど、確か最終回だった。録画機器を持ってなかったのでリアルタイムで視聴するしかなく、ドラマを見るためにいつもより早く会社を出て、寄り道せず帰るはずだった。

喫茶店に入った時点でドラマの放送開始時刻まで少しだけ時間の余裕があったので、「30分くらいなら間に合うな」と計算していた。

彼女に対して警戒心が完全に解けたわけではなかった。冷静に考えればこの展開は怪しいのだ。チカンだと疑われ、その後も何度か冷たい視線で睨まれ、やがて秋葉原駅で待ち伏せのようなことまでされて、挙げ句の果てには「話がある」と言われ、ハイハイ何でしょうか〜と付いていくほど無邪気な性格ではない。

話があると言われてから喫茶店に入るまでも、ずっと警戒していた。何か裏があるのではないか。油断してたら背後から警官が現れて「はい逮捕」と手錠でも掛けられるのではないか。これは罠なのでは、と。

しかし彼女は、喫茶店に入ってから延々と喋り続けた。まるで昔からの長い付き合いみたいな感じで、すっかり心を開いた雰囲気で彼女はこちらに笑顔を振りまきながら、いろいろな世間話を立て続けに語った。

少し前まで敵意マンマンで睨んできてた男に対してここまで心を開けるって、東京の女性はスゴいな、と妙な感動も覚えていた。

身長が150センチ少々だという小柄な彼女は表情が豊かで、時に大きなジェスチャーを混ぜながら、楽しそうに語ったかと思えば、何かの思い出話では涙を流しながら切々と語った。

とにかく話が止まらない。彼女の話す勢いに身を委ね、自分は時折相づちを打つ程度でほとんど聞いていた。

結局、世間話を聞いて欲しかっただけなんかな? と思い始めた頃、突然彼女は

「生き方に迷ってます」

と切り出した。

思い込みが激しく(うんうんそうだね)、頑固で(それも分かる)、こうと決めたら変えない側面もあるけれど、友達や上司の言うことにすぐ流されてしまい、それが正しいのかもしれないと決意がすぐ揺らぐ側面もあり、自分はどうすればいいのか分からなくなる、みたいなことを彼女は語った。

「どう思いますか?」と彼女に訊かれ、ふと不思議に思って逆質問してみた。

「そもそも、なぜそれを俺に話そうと思ったんですか?」

彼女はこちらの目を直視しながら言った。

「人生経験が豊富そうだな、と思って」

「いやいや、俺、22(歳)よ! 社会人1年目!」

おもわず吹き出しながら答えた。

「ええー! 年下!」と彼女は目を丸くして叫ぶ。「私より年上なのかと思ってた」

32〜33歳くらいだと思われていたらしい。高校生くらいからずっと「もっと年が上かと思った」と言われ続けてきたからもう慣れてた。しかし10歳も上に見られたのは初めてで、既にその頃から東京に疲れていたのかもしれない。

それよりもショックだったのは、彼女が29歳だったこと。身長が低くて可愛らしい顔だったので、てっきり同じ年齢くらいかと思ってたら、ずいぶん年上だった。それを告げると「アナタも背が高いからずいぶん年上なのかと」と彼女は笑った。

「アナタは生き方に迷ってない?」

そう訊かれ、少し考えてから答えた。「まだ社会人になったばっかりで、今のところは迷ってないですね」

※その数ヶ月後にストレス溜まり過ぎて死にそうになる未来をまだ知らない。

彼女が少し前に語ったことを振り返り、「アドバイスとかじゃないんだけど」と前置きした上で、自分自身のことを少し語った。

買い物をする時、自分は結構「即決派」で、服や靴などを買う時は、お店でいいなと思うものがあれば「これ買う」とすぐ決める。他にも良いものがあるかもしれないとは決して思わない。自分が買おうと決めたものに出会ったことは「運命」だと考える。

一方で、買うと決めるまでは結構時間がかかるし、特に値段の高いものに関しては即決するのが怖いとも思うので、そういう時は恐ろしいほど慎重になる。少し前、初めてエアコンを買ったのだけど、秋葉原を8時間くらい歩き回って最終的に納得した最安値の店で買った。

「すごい!」と彼女は目を丸くした。「何軒くらい巡ったの?」

数えてないけど20軒くらい? と答えた。同じ店に3回くらい行ったりもしたし。

そんな感じで、時間をかける時はメチャクチャかける。納得しない限り時間は使う。

買い物に限らず他のことでもそういう面があって、一瞬の閃きみたいなので即決しちゃうこともあれば、ものすごく石橋を叩きまくって熟考して決めることもある。

どっちが正しいのか? と考えたら、それはどっちもたぶん間違っちゃいないはずで、要するに満足できてるか、納得できてるかという意味ではどっちも変わらない。そう考えてる。

みたいなことを彼女に伝えた。

「ありがとう! 参考にする!」と彼女は喜んでくれた。それで納得したのかどうかは知らないし、上手いこと言えたのかどうかも知らないが、嬉しそうだったのでヨシとした。

その後も雑談は続き、喫茶店には結局、3時間くらい滞在した気がする。彼女と一緒に秋葉原駅まで行き、彼女に見送られながら総武線に乗って帰った。見たかったドラマは当然ながら終わっていた。

その後

喫茶店での雑談から2週間ほど後だったか、電車の中で彼女に遭遇した。

いつものように帰路の山手線で、両手を上げながら本を読んでいたら、後方から小さな声で「こんばんは」と声がした。振り向くと彼女だった。

特に何かを会話した訳ではなく、当たり障りのない「元気?」とか「お仕事の帰り?」とかの挨拶を交わした程度だったように思う。両手を上げたままにしていたことは覚えている。

やがて神田駅に着き、彼女はニコニコ笑いながら「あの喫茶店また行こうね」と言って電車を降りていった。

それが彼女と会った最後。

配属先となったプロジェクトの勤務先が本社ではなく栃木県になってしまったため、千葉県からだと通勤が大変なのもあり、埼玉県に引っ越した。山手線には数ヶ月に一度しか乗らなくなり、少ししてから会社を辞めて福岡の企業に転職した。

あれから何十年も経って記憶はどんどん薄らいでいくのだけど、年月が経って気付いたこともあれば、あの時こうしてればよかった、彼女にこう言ってあげれば良かった、と思うこともある。

秋葉原駅で遭遇し始めた時から、彼女の視線に憎悪のような鋭さが消えてたのは、なんとなく気付いていた。

疑われていたことで立腹はしたけれど、彼女が何度か見せた、とても哀しそうな表情にすごく同情もした。

すごく哀しそうだった表情と、喫茶店ですごく楽しそうだった表情、両方をうっすら思い浮かべ、もっと話し相手になってあげれば良かったなとも思っている。

今、彼女が幸せに暮らしていればいいな。

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