最後の最後、道頓堀で奇跡の光景を見る【大阪旅行その11:難波編】

難波エリアは友人に案内してもらう

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▲ 午後5時05分、地下鉄・堺筋線の日本橋駅に到達。北浜駅から3駅、所要時間は5分。体力と時間の余裕がなかったので、地上に出るまで写真を撮るのを忘れた。

地上に出たところで、待ち合わせをしていた友人と対面。SNSの「mixi」で数年前から仲良く交流していたが、会うのは今回初めて。お互いに顔も知らなかった。よく出会えたなと思う。

予定より15分遅れてしまったことを謝罪し、初対面だけど旧知の仲である挨拶を交わす。今回の大阪旅行は事前に綿密な計画を立てていたが、ここ難波エリアだけは友人が案内してくれると言ってくれてたので完全ノープラン。

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▲ まず最初は日本橋を見たい(電気街ではなく橋そのもの)、とリクエストしていたので、その日本橋に向かって出発。高速の下をくぐる。

50メートルほど進んだところで友人の足が止まる。「あれ? こっち逆だ」

iPhoneのGoogleマップで確認したら確かに逆だった。友人は泣きそうな表情で平謝り。完全に信頼していた私、まさかの逆走に爆笑。笑ったおかげで少し疲れが取れた。

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▲ 気を取り直してUターン。阪神高速の下を再びくぐる。

そういえば、東京の「日本橋」も数回行ったことがある。すぐ上を首都高速が通っていて、独特の風情がある橋なので好き。この辺りも阪神高速がすぐ上にあり雰囲気が似ている。

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▲ で、こっちが大阪の「日本橋」。想像してたよりも随分ちっちゃい。新喜劇ばりにコケそうになった。

道頓堀で金龍や一蘭を見るとは

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▲ 日本橋の手前を左折。

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▲ 金龍ラーメン。福岡にも同名のチェーン店がある。どうやら道頓堀の金龍は福岡の店舗とは関係ないみたい。

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▲ 金龍ラーメンの角で右折し、道頓堀川に沿った遊歩道に入る。「相合橋」と書かれた橋は読み方が「あいあいばし」「あいあうばし」「あいおいばし」と諸説あるらしい。どれか決めれ。

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▲ 相合橋から道頓堀川を撮影して、ここで初めて気付いた。前方の空が晴れ始めている

とても驚いた。今回訪れた大半のエリアは雨だったし、ほんの15分前までいた中之島エリアも雨が強かった。難波に来た途端、雨が止みつつあるなんて。もしかしたら友人、とてつもない晴れ女だったのか。

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▲ 道頓堀にも一蘭がある。一蘭が福岡発祥だというのを友人は知らなかった。

「がんばろう東北!」のシンボル的存在

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▲ 「ドン・キホーテ」の道頓堀店。購入したガイドブックでは「えびすタワー」と紹介されていた、大きな観覧車がビルに設置されている。こういう「破天荒な派手さ」は大阪らしい。

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▲ ドン・キホーテのすぐ前に何かの船が停まっていた。水上バスなのか遊覧船なのか。

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戎橋に到達。橋の上が円形になっている。川沿いの遊歩道を歩き終え、橋の上に出る。

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▲ オリンパスのビル。以前と随分違う風貌になった、と友人。

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▲ オリンパスのビルを通過すると「心斎橋筋商店街」がある。今回は写真のみ。

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▲ 今まで歩いてきた東側、相合橋の方角を撮影。川の左側にドン・キホーテの観覧車。こちら方面の空はまだ微妙に暗い。

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▲ 反対の西側はさっきよりもさらに晴れてきた。今回のツアーで初めて屋外で傘を閉じる。戎橋に着いてして以降、雨はほとんど降らなくなった。

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▲ グリコの看板。テレビなどで何度も見てるが実物を見たのは今回初めて。

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▲ 東日本大震災の翌日(3月12日)、道頓堀の「夜の象徴」の一つでもあったグリコ看板のネオンを、震災による節電に協力するため夜間は点灯させない、という発表があった。

震源地から遠く離れた大阪で、しかも周囲のネオンがいつもと変わらず煌めく中を、ただ一つだけ消えているグリコ看板の映像をニュースで目にして、「対岸の火事ではない」というメッセージを強く感じ、これは日本全体の問題なのだと受け止めた。

募金と献血くらいしか動けなかったけど、自分に出来ることをしよう、みんなで復興に向かっていかなきゃ、そう自覚できたのはグリコ看板のおかげである。

「包丁一本サラシにまいて」の法善寺

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▲ 戎橋を渡った反対側の角にある「かに道楽」本店。

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▲ かに道楽から東へ少し進んだ所に、カールおじさんの巨大看板。「カール」の発売40周年を記念して2008年に設置されたんだって。

道頓堀と言えば、くいだおれ太郎はどこにいるの? と友人に質問。何年か前に店が閉店して、その流れで「くいだおれ太郎」が旅に出たというニュースを見たけど、今は難波に人形もないのかな?

「もう今は大阪に帰ってきて、道頓堀に戻ってると思うけどなー」と友人。

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▲ 人形が、いない。

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▲ 「ああ、こっちや!」と友人に呼ばれて移動。隣りのビルにいた。

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▲ でも動いてなかった。動いてると少々不気味だが、動いてなくても不気味だ。

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大阪松竹座

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▲ でっかいTSUTAYA。

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▲ 戎橋筋商店街に入る。平日とはいえ夕方の5時30分だったこともあり、ものすごい人混み。

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法善寺横丁の入口。

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▲ さっきの商店街とは完全に別世界。情緒ある細道。

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▲ 風情がある法善寺横丁が終了。肝心の法善寺はどこ?

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▲ 一本隣りの道に法善寺があった。参拝したかったけど人が多過ぎたので断念。

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▲ 夫婦善哉を売ってるお店。明治16年(1883年)の創業なんだって。

大阪球場の跡地に驚く

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▲ 阪神高速の下を再びくぐり、千日前商店街に入る。「大阪おもろナーレ」というのは吉本興業の創業100周年プロジェクトの名前なんだとか。

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▲ 戎橋筋商店街ほどではないが、こちらも人は多かった。

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▲ 日本で初めて回転寿司を始めたというお店。難波エリアは友人に教えてもらうがまま写真を撮った場所が結構あった。

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なんばグランド花月(NGK)。昔あった「なんば花月」は子供の頃に一度連れて行ってもらったらしいのだが全然記憶にない。

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▲ NGKの向かいにある「YES-NAMBAビル」。

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NMB48シアター。あれか、AKB48の姉妹ユニットみたいなのか。オジサンそれくらいは知ってるぞ。

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▲ 高島屋の横を通過。

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▲ 2009年に閉館し、そのまま残っている「初代・新歌舞伎座」。2代目の新歌舞伎座は別の場所にある。

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▲ 南海電鉄・難波駅の「なんばCITY」に入る。「なんばパークス」も隣接する敷地内にある。

「ここ、今もホームベースやピッチャーのプレートが残ってるんよ~」と友人。え? 何のホームベース?

「ここは元々、大阪球場やった場所」

えええーーー!!! なんばパークスって大阪球場の跡地やったんか。全然知らなかった。っつうか購入したガイドブックにはそんなこと全く解説されてなかったぞ。ひどいガイドブックやな…。

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▲ エスカレーターを上り、なんばパークスの2階部分に出る。背の高い建物は「パークスタワー」というらしい。

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▲ うわー本当だ。2階広場でホームベースを発見。

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▲ この場所で、かつてノムさん(野村克也)が打者に呟きながら集中力を乱してたわけだ。

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▲ ピッチャーズプレートもあった。

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▲ ピッチャーズプレートの位置からホームベースを眺める。ここに江夏や江本が立ってノムさんのミットに投げ込んでたわけだ。

南海ホークスをダイエーが買収し、本拠地が福岡に移ったこともあって解体されたと聞く大阪球場。

ダイエーからソフトバンクに親会社も移り、いまやホークスは福岡のみならず九州全体で愛される球団となった。もしダイエーが買収しなかったら、今もこの地に大阪球場は残り続けたのだろうか。

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▲ なんばパークスに別れを告げ、難波駅の構内に入る。

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▲ 切符を購入し、改札口で友人とお別れ。さて、関西空港に向かおう。

大阪旅行:エピローグに続く→

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(最終更新:2017年12月7日)コメントComments Off
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