とにかく行列は嫌いだ
▲ 今回のスタート地点、JR黒崎駅。こちらは駅の南口。
ここ何年かにわたり延々と工事している黒崎駅は風貌も来る度に変化している。少し前まで改札口や「みどりの窓口」などの駅舎は、北口と南口を繋ぐ連絡路の西側にあった。現在は反対の東側に移転している。
▲ 以前まで駅舎があった連絡路の西側。旧駅舎は取り壊され、北口と南口を結ぶ橋が建設されている。
▲ まだ立入禁止となっている新しい連絡橋。この橋が使用可能になったら現在の連絡路は取り壊すつもりなのだろうか。黒崎駅がどういう方向に進んでいるのか見えない。
▲ その連絡路にウォーキング参加者が今年も長蛇の列。スタート受付は線路を渡った向こう側にあるから相当な長さである。
タイアップしている施設の開門時刻までスタート受付を開始しないからここまで列が長くなる。
▲ 長い間待たされ、ようやくスタート受付を済ませたと思ったら、スタートして5メートルも歩いてないところで再び行列ができている。なんやねん。
▲ 今回は安川電機の敷地内に入り、少しだけ施設の中を散策できるというコース設定になっていた。みんながスイスイ先に進むのなら流れに沿って安川電機の中に行けたのだが、施設入口付近で一度立ち止まってるため(スタンプラリーか何か?)、渋滞して全然前に進まない。
ただでさえ行列に並ぶのが嫌いな上に、この日は午後から仕事があった。開始早々に並んで何かを待つ気持ちの余裕がなかったので安川電機はスルー。
高塔山に匹敵する階段地獄
▲ 安川電機前を通過してバイパス下を左に曲がると、前方に黒崎城址が見えてくる。
ここには昔、黒田長政や黒田官兵衛ゆかりの城があったのだ。今はもうない。
▲ 城あるやん!
調べてみたら、今回タイアップしている「黒崎宿 秋のにぎわい祭り(筑前黒崎宿場まつり)」に合わせて、道伯山(=黒崎城があった山)に「一夜城」が建設されているのだという。
今年初めてというわけではなく、もう何年か連続して一夜城は造られてるらしい。そうなのか。このウォーキングコース、今回が確か3回目の参加なのだが、過去2回は一夜城を見てないぞ。
どういうことだ。違う道を歩いてたのか。んなわけないだろ。
▲ 黒崎駅の北側を占める広大な工場エリアを北へ進む。
▲ 道伯山の上り坂が始まる。まだスタートして1kmしか歩いてないのに呼吸が荒くなる。
▲ そして階段地獄が始まった。
▲ 当ブログで何度も「死にかけた場所」として登場している階段地獄といえば、北九州市若松区にある高塔山の上り階段。初めてそこを上った時、ペースが分からず調子に乗ったせいで過呼吸になり失神寸前になった。猛烈な死の恐怖を味わい、現在もトラウマである。
ここ道伯山の階段は今回3回目なのだが、高塔山の階段に匹敵するくらいバテる。過呼吸のトラウマがあるので「息を吐くこと」を意識しながら進むのだけど、それでも呼吸が苦しくて窒息しそうになる。
調子に乗ったら本当に死んでしまう。今回は階段の途中で3回立ち止まって休憩し、呼吸を整えた。
▲ 階段地獄が終了。山頂も含む一帯は「城山緑地公園」という名前らしい。両脚がパンパンに張ったが、それよりも呼吸が苦しい。深呼吸して息を整えると落ち着いた。
復活した黒崎城に最接近
▲ 山頂の一角に展望台があり、黒崎の市街地を一望できる。写真中央あたりが今回スタート地点だったJR黒崎駅付近。
▲ 西の方角(福岡市方面)。安川電機や様々な工場群が見える。
ここ、夜景スポットとして穴場かもね。すごく綺麗な気がする。上ってくるのが大変だけど。
▲ その展望台のすぐ横に黒崎城(一夜城)が造られていた。って薄いな!
山のふもとから見た時にオチは分かっていたが、やっぱり薄かった。
▲ 一夜城の裏側。
これ見たら少しクスッとはなるのだけど、山の下から知らない人が見たらしっかりお城が建ってるように見えるもんね。この企画は素晴らしいと素直に思った。
▲ 一夜城のハリボテのすぐ横には、実際ここに昔は黒崎城があったことを示す石碑が建っている。
▲ 展望台の近くには黒崎城址の案内板もある。一夜城のことも解説されてた。
またしても「開かずの踏切」
▲ 道伯山の下り坂。階段地獄のせいで体力の8割を奪われてしまった。残りのコースは平坦なはずなので、2割の体力でなんとかなるだろう。
▲ 下り坂の途中で皿倉山(北九州で有名な夜景スポットでもある)が見えた。逆光のせいもあるが、南の空はガスのようなものでかすんでいる。
▲ 菩薩像が黒崎市街地や皿倉山を眺めているかのような光景。
▲ 市街地に降りてきた。黒崎バイパスの下をくぐってすぐのところにあるJR鹿児島本線の踏切。今日も遮断機が下りてた。
この道は旧長崎街道でもあるので、北九州市で開催される様々なウォーキング大会でここを通ったことがあるのだけど、いつも踏切で引っ掛かる。遮断機が下りてる確率100パーセント。
▲ JR鹿児島本線の運行本数が多いことに加え、すぐ近くに(特急や快速も停車する)黒崎駅があるため、駅に停車中の段階で踏切が降りてしまう。車や歩行者が通行可能になるまで相当長い時間を要する。俗に言う「開かずの踏切」。
若いつもりが年を取った
▲ ようやく踏切が開いたと思ったら今度は国道3号線。信号がなかなか青にならない。
▲ 国道3号線を横断してすぐのところにある春日神社。黒田長政、黒田官兵衛、黒田二十四騎の面々が祀られ、指定文化財の「黒田二十四騎画像」が奉納されている。
▲ 春日神社も境内まで階段が続いている。本日2度目の階段。
最近、階段を上ったり下りたりする時に両方のヒザがとても痛くなってきた。加齢によるヒザの衰えなのかもしれない(もともと学生時代のバレーボールが原因でヒザは悪いのだけど)。
▲ そういえば今年のウォーキング秋シーズン、神社で参拝するのは今回が初めてだ。
参拝を済ませて階段を下りている途中、右ヒザがグキッとなり痛かったので休憩。屈伸運動をしたら落ち着いたのでウォーキング再開。
再びの階段と下りでのヒザ負傷で残りの体力2割も奪われてしまった。あとは惰性で歩くしかない。
旧長崎街道を惰性で歩く
▲ 熊手商店街の入口。この商店街も江戸時代は長崎街道の一部であり、商店街入口のアーケードには江戸時代にここを歩いたであろう面々の似顔絵が描かれている。しばらく来ない間にずいぶん絵がボロボロになってしまったなあ。
▲ 黒崎ひびしんホール前にある公園にはテントがたくさん並んでいる。ここが宿場まつりのメイン会場。まだ時間が早いので準備中。
ちなみに公園は「曲里の松並木公園」と命名されてたらしい。何度も来てるが今まで知らなかった。
▲ 江戸時代の長崎街道っぽい雰囲気を今も感じることが出来る「曲里(まがり)の松並木」。ここを坂本龍馬や西郷隆盛など幕末の志士たちが実際に何度も往来してたのだ。それを想像しながら歩くと大変楽しい。
▲ とても大きな「JCHO九州病院」。2004年にここへ移転してきた。それ以前は現在の黒崎ひびしんホールがある場所にあった。
▲ 黒崎駅前通り。
北九州に初めてやって来た約30年前、地元で発行されていたタウン誌などで
「北九州の2大都市比較! 小倉vs黒崎」
などという特集が頻繁に組まれており、当時小倉南区に住んでいたので「小倉でさえ大都会なのに、それに匹敵する黒崎という都会があるのか!」と胸をときめかせたものである。(注:ド田舎の鳥取県から引っ越してきたばかりの少年だった)
30年前、確かに黒崎は人が多かった。建物の背丈は小倉ほど高くなかったけど、商店街の人の賑わいを見て「活気ある街やなあ」とも素直に思った。
▲ 道路の左側にあった「長崎屋」は2002年に閉店し、取り壊されて現在は福岡銀行とホテルになった。道路の右側にあった北九州西部最大の書店「クエスト黒崎店」も2014年に閉店。
クエストが井筒屋黒崎店に移転したのはいいが、旧クエストが入ってたビル「アネックス1」は知らぬうちに取り壊されてた。ビルが消えて駐車場に変身したのを最初に気付いた時はビックリして「うそー!」って叫んだほどだ。
2つあった商店街のうち1つはアーケードが撤去されて屋根なしになった。閉店して貸店舗となっているテナントがとても多い。商店街を歩く人も哀しいほど少なくなってしまった。
▲ JR黒崎駅に戻ってゴール受付を済ませる。
最近は仕事でもプライベートでも黒崎によく来ているし、とても愛着のある街である。一時は廃墟と化してた「コムシティ」も現在は八幡西区役所が入るなどして活気を取り戻してるし、一時期に比べれば駅前周辺も徐々に人が戻ってる気はする。
かつて日本の四大工業地帯と言われてた頃の隆盛を再現するのは無理だろうけど、今後の黒崎が少しは盛り返してくれればいいな、と思う。
でも近くのスペースワールドが今年で閉園しちゃうのよねえ…。どうなるんだろう八幡は…。
▲ 今回の歩行時間は1時間26分。歩行距離は6.61km。