1週間の入院と手術を経て、再びの転機とするために

8月の呪縛

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2020年8月下旬、1週間入院した。

病名は、腎結石。腎臓の中に発生した結石が肥大化し、放置しておくと腎臓に深刻なダメージを引き起こしてしまうため、手術することになった。

2015年から2017年まで、3年連続で尿管結石になったことはある。

3年連続の尿管結石は、いずれも8月に発生していた。また今年もあの激痛がやって来るのだろうかと、「8月の呪縛」は毎年恐怖だった。

幸い、2018年と2019年は尿管結石に襲撃されず夏を終えていた。ただ一つ、不安はあった。

2017年に尿管結石の治療をした際、医師からレントゲン写真を見せられ、「腎臓の中に少し大きめの石があります」と告げられていた。

「まだそれほど大きくはないので、危険というわけでもなく、今すぐ取らないといけないわけでもないのですが、将来的にこの石が大きくなれば、手術などで取らないといけなくなるでしょうねえ」

2017年の8月、医師はそう言っていた。あれから3年経ち、医師が予測したとおりに腎臓内の石は大きくなったのである。

検査の大切さ

2020年5月、尿管結石とは別の持病を治療するため定期的に通っている病院で、いつものとおり尿検査と血液検査を受けた際、主治医から言われた。

「ここ3回の尿検査で、微妙ではあるのですが、血尿が出てるんですよ」

1回だけの血尿なのであれば軽微な尿管結石の可能性もあるのだけれど、3回も続けてというのは少し気になります、と主治医。

専門である泌尿器科で検査をしてもらったほうが良いと言われ、数日後に近所の泌尿器科で再検査をしてもらったところ、冒頭で書いたとおり腎臓の中に大きな石があると告げられた。

人間ドックのような大きな検査は最近受けていないのだが、定期的な検査はやはり大切なのだということを痛感させられた。大腸ポリープの時もそうだったが、ちょっとした検査で身体の異常を発見してもらえるという意味で、検査は受けておくべきなのだ。

入院直前、まさかのクラスター発生

市内の総合病院に紹介状を書いてもらい、入院&手術する準備をしていたのが2020年5月下旬。

しかし、入院前検査の前日、その総合病院がまさかの新型コロナウィルス感染者クラスター発生

「新規外来患者の受付、全面停止」とニュースで知り、「検査予約してたけど、これもキャンセルなのだろうか」と慌てて病院に電話するも、ただテープ音声が流れるのみ。当然ながら病院から連絡が来るわけもなし。

仕方がないので紹介状を再び書いてもらい、別の総合病院で最初から診てもらい、入院前の検査に加えて新型コロナのPCR検査も受け(無事陰性だった)、やっと入院できたのが8月下旬。

結局、今回も「8月の呪縛」から逃れることはできなかった。

手術室で眠りたかった

入院初日は気楽なものだった。手術は翌日だったので、簡単な検査を受けたのみで、後はすることがない。病室のあるフロアを散歩したり、持ち込んだMacで仕事をしたり。風呂にも入った。

2日目の手術前も、まだ気楽モードだった。全身麻酔をしてもらって、手術室で眠り込んでいる間に痛みを感じることもなく手術を終え、病室のベッドで目が覚める。そんな風に想像していた。

しかし当日、手術の数時間前になって「全身麻酔ではなく局部麻酔」だと告げられる。全身麻酔だと身体への負担が大きいため、今回は局部麻酔にします、と。

それは困る。では局部麻酔でも眠っていられる方法はないかと尋ねると「ありますよ」とのこと。眠気を誘発させるガス? みたいなのを吸わせてもらうと眠るらしい。「それお願いします」と強くリクエスト。

しかし結果的にその眠気ガスとやらも吸わせてもらえなかった。理由は知らない。手術後にガスのことを訊いたら「あ、やってないみたいですよ」とサラッと言われた。

ということで全く眠ることもないまま、約3時間、手術台の上でうつ伏せの体勢で、最初から最後までしっかり意識もありつつ、医師や看護師たちの会話も全て聞きながらの手術だった。

今回の手術方法は、結石がある左側の腎臓と一直線に繋がる管を身体の外部から通すため、左側の腰を切って穴を開ける。穴に通した管から器具を入れて、腎臓内の結石を破壊し、外に取りだす、というもの。

腎臓の出血が多かったり、その出血で見えなかった一部の結石を除去し損ねる可能性もあり、完全に除去できなかった場合は1週間後に2回目の手術だと説明されていたが、幸い1回の手術ですべて除去してもらえた。医師の技術力の高さに感謝するしかない。

手術中は麻酔が効いていたので痛みはなかったが、医師たちの会話内容がどうしても聞こえてくる。「うわあ」「んん〜」などと医師同士の会話が耳に入ってくると不安で仕方ない。やっぱり眠っていたかった。

あとは手術台での両脚の置き方を失敗してしまい、徐々に疲れてきてしまって、なんとか動かして位置を変えたかったのだが、麻酔のせいで感覚がなくて動かすことができず、気になって発狂しそうだった。

一度だけ「脚を動かしたいのですが」と看護師さんに告げたら「ダメですよ! 危険だから脚は動かさないで!」と怒られた。耐えるしかなかった。

手術後の地獄

手術中もそれなりに大変だったのだが、麻酔が効いていたので痛みそのものはなかった。本当に大変だったのは、手術が終わってから。

麻酔の効果が頭部に回ってしまうといろいろ問題があるらしく、それを防ぐために手術当日は「頭を起こすこと」が絶対禁止だと言われていた。手術翌日の朝になるまで起き上がるどころか、上半身を起こすことができない。

これが想像以上の地獄だった。

手術当日は朝から晩まで丸一日「絶食」。手術後3時間ほどで水分のみ摂ってもよいと許可が出たのだが、頭を起こせないので飲むことができない。寝たまま飲むことができる容器を貸してもらったのだが、どうしても飲めない。

そもそも棚の上の容器を取ることもできない。そのためだけにナースコールをして看護師さんを呼ぶのが申し訳なく、手術当日は結果的に水分を全く摂ることができなかった。

やがて局部麻酔の効果が切れ始め、手術した箇所である左腰の鈍痛が徐々に激しくなってくる。しばらく我慢したが、時間の経過と共に耐えられなくなってくる。

何度かナースコールをして、痛み止めの点滴を2回、座薬を3回処方してもらったが、痛みはそれほど緩和されるどころか、やがて発熱。39度近くまで上昇してしまい、手術後8時間から10時間にかけて看護師さんたちを少々慌ただしくさせてしまった。

手術の3日後に自分を担当してくれた女性看護師さんが

「痛みはどうですか? 痛くて大変だったですね〜」

と話しかけてくれた。見覚えのない看護師さんだったので「あ、手術の日も担当してくれたんですか?」と質問すると、

「いえ、違うんですけど、カルテ見たら何行も痛い痛いと書かれてたので(笑)」

と教えてくれて、苦笑するしかなかった。だって、腰だけじゃなく腎臓にまで穴を開けた直後なんだよ。痛いに決まってるじゃないか。

起き上がることもできず、手術箇所も痛み続け、それなら寝てしまって時間を経過させれば最も手っ取り早かったのだが、手術直後から鼻づまりが発生してしまい呼吸が苦しく、途中何度もウトウトして眠りに落ちそうにはなるが、その都度呼吸困難になって目が覚めてしまう繰り返し。

この状態が結局、翌日の朝まで続いた。一睡もできなかった。

翌日の朝、担当の看護師が幾つかチェックをして、ようやく「起き上がっても良い」という許可が出た。

丸一日ぶりに上半身を起こしてベッドに座ることが出来たときは、心の底から「生きてて良かった!」と思えた。そして事前に購入しておいたお茶のペットボトルを10秒で飲み干した。

順調に回復

手術翌日から食事再開。左腰には腎臓からの出血と尿を出す管が点滴棒に繋がっており、歩く際に持ち運ばないといけないのが少々面倒ではあったが、全く動けなかった手術当日の地獄を思えば、ゆっくりではあるけれど歩くことができるのは幸せでしかなかった。

入院4日目には点滴が外れ、5日目の夜には腎臓と繋いでいた管も外れて、ようやく自由に動けるようになってからは精神的にもずいぶんラクになった。

手術箇所の痛みは入院4日目くらいまで続き、そのせいで消灯後に全然寝付けなかった。同部屋の患者さんが睡眠導入剤を処方してもらっているのに気付き、3日目からは自分も同じように薬のお世話になることにした。

睡眠導入剤を飲んだらウソみたいに短時間でコテッと眠れた。昔、精神を病んでた頃は飲んでも眠れなかったのを思い出しもした。

入院中、たくさんの女性看護師さんが自分を担当してくれた。たくさん会話をした。ここ数年、男性女性を問わずとても閉鎖的な生活をしていて、最小限の人としか会話をしていなかったので、久しぶりに多くの人と(しかも若い女性と)会話ができたのはとても良かった。リフレッシュできた。

入院中は時間が有り余っていたので、ここ数年まったくしてなかった読書もできた。4冊読めた。荷物のかさばらない電子書籍はこういう場面で大変ありがたい。

仕事の練り直しや、個人で運営しているサイトのリニューアル設計も少しだけど進んだ。入院中はあまり仕事脳にはなれなかったから少ししかしてない。

散歩をして、読書をして、少しだけ仕事をして、看護師さんとお喋りして、あとは病室の窓から見える山を眺め続ける毎日。

1回の手術で結石の大半が除去できて、手術後も経過は良好。手術箇所の痛みも6日目には完全に消えた。入院7日目に左腰の手術箇所をすべて抜糸。想定した最短の入院期間(7日)で退院することができた。

退院後も数日間、血尿が少し出ていたものの、腎臓に開いた穴が完全に塞がるまでは当然ながら出血すると医師から説明されていたので、想定内。やがて血尿も止まり、現在に至っている。

今回の入院を再び転機とするために

入院中、特に何もすることがない時は、いろんなことを考えた。

一昨年は長女が、そして昨年は次女が受験だったため、自分自身の仕事のボリュームは増やさないように、というかむしろ減らした。時間の大半を子供の受験のサポートに使った。

2年間の「受験生の親」モードが今年の3月で終わり、4月からは自分自身も新たな生活に変えねばならなかったはずなのに、仕事のペースは敢えて戻さず、悪い言い方をすれば「ラクな方に身を委ねてしまってる」気がしていた。

今回の入院中、「自分は何者なのか」について何度も考えた。自省もした。

自分は何ができるのか、そして何をしなければならないのか。何をすべきなのか。

自分には家族がいる。自分だけの人生ではない。家族全員が幸せになるために、自分が担うべきことをもう一度突き詰め、自覚しなければならない。

年齢を重ね、若かった頃ほどフットワークは軽くない。脳の閃きもずいぶん落ちた。集中力も持続しない。体調も長期間ずっと悪い。それらをラクするための言い訳にしてきた部分はある。

もう一度ケツは叩かねばならない。派手には燃えずとも点火だけはする必要がある。

14年前、謎の高熱で1ヶ月間入院した時は、タバコと縁を切った。1日に2箱吸うヘビースモーカーだったが、長年のニコチン依存を断ち切ることができた。

10年前、大腸ポリープ手術で1週間入院した時は、退院後にウォーキングという趣味に出会えた。このブログを立ち上げ、最初に書いた大腸ポリープ体験の記事は現時点で当ブログの最高アクセス数を稼いでくれている。

過去2回の入院はいずれも、その後の生活においての転機とすることができた。もちろん今回の入院もチャンスと捉えている。

14年前も10年前も、退院時に体重は激減したのだが、その後すぐにリバウンドして太ってしまった。

今回 1週間の入院で 1.5kg ほど体重が減った。今年の1月からだと 7kg 痩せたことになる。

退院後、早くも 1.5kg リバウンドして元に戻ってしまったが、先週からウォーキングを再開して、昨日の時点で再び 1.5kg 削ることができた。

今回は体重をリバウンドさせることなく、このまま体重減少の波を続けなければならない。増減を何年も繰り返し、ようやく下降傾向に入った。再び太るわけにはいかない、

あとは仕事面でもう1回、点火すること。入院して痛い思いをしただけでは終わらせない。再びの転機とできるように。

今朝、左腰にあった手術箇所のカサブタが取れた。おそるおそる手術箇所を触ってみたら、ひとまず傷口は塞がっていた。

退院後2週間ほど、具体的には9月下旬まで、傷口から雑菌が入ってしまう恐れがあるため(浴槽にお湯を張った)お風呂は禁止だと言われていた。

昨夜までずっとシャワーで済ませていたが、今夜は久々の、1ヶ月ぶりのお風呂だ。ゆっくり浸かろう。

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