
ランディ・サベージのマネージャーとして大人気となる
世界最大のプロレス団体、WWE。以前は団体名が「WWF」でしたが、同じ名称の「世界自然保護基金(WWF)」から名称の件で訴えられ、敗訴したことにより現在のWWEという名称になりました。
団体名がまだWWFだった1980年代、ハルク・ホーガンが絶大な人気を誇っていましたが、同時期に頭角を現したのが、ランディ・サベージ。
このサベージのマネージャーとしてWWFに登場し、サベージの人気を支えると共に自身も大人気となったのが、今回紹介するミス・エリザベス(本名:エリザベス・ヒューレット)です。
女性マネージャーといえば、セクシー路線で対戦相手の選手を誘惑して油断させたり、レフェリーの見えないところで相手選手に反則行為をしたりするなど、ズルい行為が真骨頂でもありました。
ヒールのマネージャーが多かった中、ミス・エリザベスはベビーフェースのマネージャーとしてサベージを支えました。
とは言いつつエリザベスもいつかのPPVで、サベージが大ピンチの場面に突如エプロンに立ち、スカートを自分で脱いだか脱がされたか忘れましたがパンツ1枚となり、相手選手が動揺(ファンは大歓声)というセクシー名場面もありましたけどね。
日米レスリングサミットにエリザベスは登場しなかった
サベージとエリザベスは実生活で1984年に結婚しており、WWFに登場した時点で実際に夫婦でした。
しかし、リング上ではただの「選手とマネージャー」という関係。リング上で恋人関係を演じる設定でもありませんでした。
サベージがベビーフェイスだった頃は良好だった二人の関係も、ハルク・ホーガンとサベージがエリザベスを巡って三角関係となり(あくまでリング上での設定です)、やがてホーガンと決裂したサベージはヒールに転向。
この時点でエリザベスはサベージとのコンビを解消。サベージと一緒にヒール転向とはなりませんでした。
ヒールとなったサベージは、当時ヒールのマネージャーとして活躍していたシェリー・マーテル(当時のリングネームはセンセーショナル・シェリー)と新コンビを組みます。
1990年にWWF・新日本プロレス・全日本プロレスの3団体が合同開催し、東京ドームでおこなわれた夢の大会「日米レスリングサミット」でサベージは初来日し、天龍源一郎と名勝負を展開。WWFを詳しく知らない日本のプロレスファンにもサベージの名は知れ渡りました。
この時、センセーショナル・シェリーはリングの外で様々な悪事を働く大暴れ。レフェリーが見てないところで天龍に蹴りを入れたりビンタしたり。実況席にいた徳光和夫氏がブチギレまくってシェリーと口論するという珍場面もありました。
この際、エリザベスは試合映像には登場していません。サベージとのコンビを解消していますから仕方ないですけどね。
サベージのベビー再転向で復縁したが実生活では離婚
1991年、サベージはアルティメット・ウォリアーと敗者引退マッチを闘って敗れ、マネージャーのシェリーに敗北を罵倒されたことでケンカ別れ。
ここで救いの手を差し伸べたのが元マネージャーのエリザベスでした。彼女の優しさで改心したサベージはベビーフェイスに再転向し、エリザベスとのコンビも復活。
1991年8月に開催されたPPV「サマースラム」において、サベージとエリザベスはリング上で結婚式を挙げ、大勢のファンから祝福されました。
とは言っても、実生活では7年前からずっと夫婦だったんですけどね。
リング上で結婚式を挙げ、テレビの中では幸せ絶頂だったサベージ&エリザベスですが、皮肉なもので1992年には実生活で離婚してしまいます。
後にサベージが離婚したことを公式に発表し、エリザベスとのコンビは解散。エリザベスはプロレス業界から一時的に引退状態となります。
ライバル団体WCWに移籍して再びサベージと絡む
WWFが人気となる前、アメリカではNWAが巨大な権威を誇っていました。しかしWWFが徐々にシェアを拡大したことでNWAは衰退。
このNWAを買収する形で手に入れたのが、CNNなどを創設して「メディア王」と呼ばれていたテッド・ターナー。新団体はWCWと名付けられました。
1994年、WWFの絶対的エースだったハルク・ホーガンは、ライバル団体のWCWに電撃移籍。
この動きと前後して、WWFを退団した人気選手が続々とWCWに移籍する流れが出来てしまいます。
移籍したホーガンは、同じくWWFから移籍した人気レスラー、ケビン・ナッシュ&スコット・ホールと共にヒールユニット「nWo」を結成しました。
横暴で荒々しいヒールユニット「nWo」の世界観と演出が大ウケし、世界中で大ブームとなりました。日本でも蝶野選手や武藤選手が中心となって「nWoジャパン」を結成。
このnWo人気が凄まじすぎて、一時はWCWの視聴率がWWFを上回り、WWFは倒産の危機に直面するほど追い込まれました。
最終的にはWWFの新路線が大成功して再逆転し、WCWはWWFに吸収合併されちゃうんですけどね。
エリザベスは1996年1月にWCW初登場。当初はリック・フレアーのマネージャーとなり、ベビーフェース側についていました。
1996年9月、今度は元夫のサベージがWCWに初登場。彼もベビーフェース側としての登場で、nWoと対決。間接的ですが元妻のエリザベスと共闘していました。
1996年9月、エリザベスはnWo側に加入してヒールターン。WWF時代から親交のあったホーガンと行動を共にするようになります。
さらには、nWoと敵対していたはずのサベージまでもが裏切ってnWoに加入。
サベージとエリザベスは同じnWoの仲間になり、リング上で復縁したというストーリーは展開されました。
ただし、実生活では復縁してません。きっとやりづらかったでしょうね。
その後もエリザベスはnWoの分裂ストーリーに絡んだ後、1999年にはレックス・ルガーのマネージャーとなっています。
最終的にエリザベスは、2000年にWCWを退団しています。
ミス・エリザベスの死因
サベージとの離婚後、エリザベスはレックス・ルガーと実生活で交際していました。
2003年5月、そのルガーの自宅でエリザベスは意識を失い、ルガーが救急車を要請。
病院に搬送されたものの、エリザベスは死亡が確認されました。享年42歳。
ルガーは一時的に拘束されたものの、事件性はないということで無罪放免となっています。
エリザベスの死因は、鎮痛剤などの薬とアルコール(ウォッカ)の同時摂取による急性中毒症状だったと発表されています。

