納豆を食べるなんて人間じゃない、と担任教師は言った

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関西の人は納豆を好まない

納豆ご飯

関西の人は納豆が嫌い、という話はよく聞きます。現在もそうなのでしょうか。

子供の頃、関西に住んでいました。母親の話では、近所に数軒あったスーパーのうち、納豆を売っていたのは1軒だけだったそうです。

唯一売っていたスーパーの店員に聞いた話では「うちは店長が納豆大好きだから置いてる。他の店は売れないと思ってるから置いてないのではないか」と言ってたそうです。

私の両親が納豆大好きだったこともあり、私は子供の頃から現在に至るまで納豆が大好物。

一人暮らしを始めた大学時代、まだ自炊のレパートリーがほとんどない時期は、納豆3パックと奈良漬けだけでご飯2合を食べてました。「一日で2合」ではなく「一食で2合」。

私と交際する前は納豆が嫌いだった嫁も、私があまりに納豆好きなので食べるのに慣れたらしく、今は苦にすることなく食べてます。三人の子供たちも納豆が大好物なので、食卓に納豆が出た日は壮絶な奪い合いとなります。

授業中、担任教師が言い放った言葉に憤慨

そんな私が関西に住んでいた小学校5年生の時、こんなことがありました。

何の授業でどういう話の展開だったかは覚えていませんが、担任の女性教師が納豆の話を始めたのです。

「皆さん、納豆というものを知っていますか?」

と担任教師は生徒達に確認しました。私自身は「知ってます」と発言しましたが、同級生の中には「生まれて一度も納豆を食べたことがない」人や、そもそも納豆というものが何なのかすら知らない人もいたのです。

「私は納豆が大嫌いです」

唐突に担任教師は納豆嫌いに関する主張を始めました。

自分がいかに納豆を嫌いか、熱弁をふるっていた記憶があるけれど、詳細までは覚えていません。

「納豆は腐ってるんですよ」
「普通、腐ってるものなんか食べませんよね」

と言ったのは覚えてます。

その熱弁の最後、担任教師は言い放ちました。

「納豆を食べる人、納豆を好きだと言う人は信じられない」
「納豆なんて人間が食べるものじゃない」
「納豆を食べるなんて人間じゃない」

今であれば「あんたの食の嗜好を他人に押しつけるな」「教育の場で教師が生徒に言うべき表現として不適切だ」等と反論するかもしれません。

しかし当時は11歳の子供だった私。理論武装してるわけでもなし、それほど頭が回るわけでもなし、ただひたすらショックだった。

自分の存在が全否定された。そんな風に感じました。

なので挙手して席を立ち、担任教師に精一杯の抗議をしたのです。

「僕は納豆が大好きです」
「お父さんもお母さんも弟も、みんな納豆を喜んで食べます」
僕の家族は全員『人間ではない』ということですか?

私の突然の発言に少し驚いた表情をした担任教師、

「え、りく君、納豆食べるの?」

そう言った後、「うわあ…」と顔を歪ませました。まるで道を歩いてる際に犬のウ●チを踏んでしまった時のような表情。

そこでチャイムが鳴り授業は終わったのだけど、汚らしいものを見るかのような担任教師の表情にキレてしまい、職員室に戻ろうとする担任教師を早足で追い掛けながら廊下で延々と抗議を続けました。でもマトモに聞き入れてはもらえなかった。

その態度で更にブチギレた私は校長室に突撃し、校長先生に猛抗議。感情が昂ぶりすぎて泣いてたかもしれません。

校長先生は「それは●●先生が間違ってるね」などと私の意見に一定の理解は示してくれたものの、私は怒りが全く収まらず、そのまま残りの授業を放棄して早退。

帰宅して母親に怒りをぶつけたら、私の10倍くらい母親はブチギレてしまったんですけどね(気が短いのは血筋なのでしょう)。

担任教師はその年限りで他の学校に転任したのですが、最後の最後まで私に対して謝罪らしき言葉をくれることはありませんでした。

きっと彼女にしてみれば、取るに足らない些細な出来事だったのでしょう。しかし私の中では30年以上経った現在も、あの出来事は心に残り続けています。

りくま ( @Rikuma_ )的まとめ

人間、味の好みも千差万別ですから、大半の人が大好きでも自分は嫌い、というものがあるでしょうし、その逆もあるでしょう。

これは食べ物の好みだけでなく価値観全体に通じる話ですが、自分と真逆の嗜好や哲学を持つ人と対峙したとして、その嗜好や哲学を自分が受け入れづらいというのは少なからずあるでしょう。これはどうしようもないことかもしれません。

しかし、だからといって相手の人格まで全否定するのは明らかに間違ってます。自分は好きなものだけど相手は嫌いと思ってる。それだけのことでしょ。

誰もが同じ価値観や嗜好や哲学を持ってるわけではないのだし、自分とは異なるものと対峙し見聞したとして「ふーん、そういう考えもあるんだね」でいいと思うんですよ。

その点で相手と相容れない感情が芽生えるのは仕方ないけど、「はあ? 信じられん。バカじぇねえの」ってのとは違いますよね。

価値観の押しつけは止めよう、ということを考える時、「納豆嫌いだった元担任教師」のことを今も思い出すことがあります。

ひとまず30年以上経った現在言えることは、納豆にシラスやネギや卵を入れると美味しいけど、最近はカツオ節を納豆に入れるのがマイブームだ、ということです。

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