[Я]人間万事塞翁が馬、そして再びブログを書き始める

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天国から地獄へ

5月、東京旅行をしてきました。仕事の出張ではなくプライベートで。

会いたかった人にたくさん会えたし、やりたかったことも大半を実現させることができました。東京に行けて良かったと今も心から思っているし、また来年も行きたい。本当に幸せな2日間でした。

旅行から戻ってすぐ、アクシデントにより入院しました。その際にiPhoneを紛失し、iPadは壊れ、ネットも一切見ることが出来ず、約3週間入院して先週やっと退院。

入院した当初はTwitterやFacebookなどのSNSを見られないのが辛かったのですが、数日もすれば環境に慣れ、iPhoneがなくても平気になりました。

本や雑誌も読まず、テレビも病室にはないし、新聞も見てない。入院期間中のニュースや世間での出来事を全く知りません。会話も看護師さんと一言二言くらいの毎日。入院中の大半は、自分の中に存在する幾つかの人格と対話をしてました。ひたすら自問自答の約1ヶ月。

そんな中、何度も脳裏に浮かんだのが「人間万事塞翁が馬」という言葉。

幸と不幸は表裏一体

「人間万事塞翁が馬」って「人生万事塞翁が馬」と書いたりもしますよね。本来は「塞翁が馬」という故事(ことわざ)で、人間万事とか人生万事とかがくっついているようです。

じゃあ「塞翁が馬」ってナニ? という話ですが、とりで(塞)の近くに住んでるジイちゃん(翁)が所有していた馬のこと。

ジイちゃんの馬が逃げてしまい、周囲の人々がジイちゃんを慰めにいったところ、「これが幸福を呼ぶかもしれない」とジイちゃんポジティブ。

すると後日、逃げた馬がたくさんの名馬をジイちゃんの家に連れてきてくれたんだそうです。周囲の人々がジイちゃんを祝いにいったら、今度はジイちゃん「これは不幸の原因になるかもしれん」とネガティブ。

やって来た馬にジイちゃんの息子が乗ったところ、落馬して息子は足を骨折。人々が見舞いに訪れると「幸福を呼ぶかもしれんわね」とジイちゃん。

すると、塞の街に軍が攻め込んできて戦争となりました。若者の大半は戦死してしまったけれど、ジイちゃんの息子は骨折していたため兵役を免除され、死なずに済んだと。

幸と不幸は表裏一体。どちらに転ぶか分からない。だから安易に喜んだり悲しんだりしないようにね、という故事が「塞翁が馬」だそうです。

ちなみに「人間万事塞翁が馬」の読みは「じんかん・ばんじ・さいおうがうま」なんですって。「にんげん」ではなかった。

元タレント・放送作家で東京都知事にもなった青島幸男さんが直木賞を受賞した「人間万事塞翁が丙午」という小説があります。こちらの読みは「にんげん・ばんじ・さいおうが・ひのえうま」なので、故事の方も「にんげん・ばんじ」と読むのだと思ってました。

人生は読めない

後悔しない生き方というのは理想なんですけど、後悔しちゃいそうな要素を多く含んだ生き方をしてきているような気がします。

幾つかの会社を辞めて転職しましたが、当時は後悔なんて微塵もしていなかったけれど、「あの転職は正解だったんだろうか」「あのとき辞めていなければ今はどういう人生になっていたんだろう」と考えることは今もあります。

5月の東京旅行に関しても、行ったことは全く後悔していません。行って良かったし、行くべきだったと感じています。東京旅行が入院のトリガーになったわけでもなく、旅行と入院は全く関係ない。

ただ、東京旅行があまりにも楽しすぎたことで、精神的に少しばかり「調子に乗りすぎた」あるいは「浮かれすぎた」部分はあったな、と病院で自問自答しているときに反省はしました。

ブログの記事で、これはタイムリーな話題だし、アクセスけっこう稼げるんじゃないのー、と思って書いた力作が全くアクセス稼げないことは多々あります。

かと思えば全然思い入れもなく労力もかけなかったネタ投稿が予想を遙かに超えるアクセスを稼いでくれてボーゼンとすることもあります。このブログは4年目ですが、どんな記事がヒットするのか・しないのか、今もサッパリ分かりません。

人生も同じで、何がキッカケで好転するか、あるいは転落するか、その全てを予期することなんて出来ません。全てどころか、人間は自分の人生の何割を予期できるのだろう。

もちろん「日頃のおこない」という概念があって、普段から悪いことばっかりやってる奴にはいつか天罰が下るんだろうし、努力してる人はいつか報われるのでしょう。でも絶対とは言い切れない。悪いことして稼いでる奴もいれば、努力が報われない人だっている。

入院中、こんなことを堂々巡りで延々と考え続けてました。全部書いたらキリがないし、そもそも全部覚えてもいない。オチもなければ結論もない。堂々巡り。

で、一つ気付いたのは、いろいろ疲れてるな、と。仕事もプライベートも。

ストレスとは少し違う「疲れ」

ストレス溜まってたのもあるかもしれないけれど、それとも少し違って、疲れが蓄積してしまって脳の潤滑油が切れてしまった感じと言うか。

退院に向けて体調を整える必要もあったのですが、それと同時に「疲れを取ろう」と意識するようになって、そこからは考え事で堂々巡りとは逆に、なーんも考えないようにしてました。ボケーっとするというのとも違って、座禅とか瞑想とかあるじゃないですか、あんな感じの、心を無にするような。

そうはいっても瞑想のやりかたなんて知りませんから、いちばん手っ取り早いのは病室から窓の外を眺め続けること。これ、9年前に1ヶ月間入院したときも毎日やってたし、ウォーキング大会に参加した際JRなどで移動中にもやってることなので慣れてます。入院期間の後半はひたすら窓の外を眺めてました。

長期入院したことで職場にも多大なる迷惑をかけてしまいました。数年前に短期入院したときは「入院で発生した遅れを取り戻します!」と意地になって残業続けたら再び体調崩しちゃったことがあったので(再入院はしませんでしたが)、今回は退院後、申し訳ないですが無理しないペースで取り戻します、と上司や取引先にお願いしました。

9年前に1ヶ月入院したときは10kg以上痩せたし、ずっと吸い続けてたタバコと縁を切ることにも成功したのが不幸中の幸いだったんですけど、今回の入院で得たものは正直なんもないです。痩せるどころか太ったし。

退院してすぐブログ更新再開ってのもたぶん疲れるので、家でノンビリしてました。溜まってた映画の録画を見まくって、夜は野球やテニスやサッカーのスポーツを見まくって(こんなにテレビ見たのも久々)、SNSも控えてました。

iPhoneのない生活にも慣れたので、もうこのままスマホや携帯を持たなくてもいいかな、と9割方あきらめてた矢先にiPhoneが舞い戻ってきました。

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あとはiPadを修理に出すのみ。

いろんなことが少しずつ元通りになってきています。ただ、精神的あるいは思考的な意味で入院前と完全に同じ状態まで戻ることは100パーセントない。

それでもブログを更新すること、もっと言えば文章を書くことが好きだから、今日からブログを再び書いています。

ブログを始めたことでたくさんの出会いがあり、多くの嬉しい気持ちを頂き、その積み重ねとして5月の東京旅行が実現できました。また次の「楽しいこと」に出会える気がするので、ゆっくりでもブログは続けます。今のところブログを辞めるつもりはありません。ただ疲れたら書きません。休みます。もう無理はしたくない。

もう少し体調が回復したら、ずっと怠けてるウォーキングも再開させるつもりです。脚の筋肉がきっと落ちてるだろうから久々に筋肉痛でヒーヒー言うかもしれない。ある意味楽しみ。

皆さん、疲れたら休みましょうね。無理なく進んでいきましょう。

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