栃ノ心とジョージアとグルジアとビートルズ

平幕として6年ぶりの優勝

一時期まったく大相撲を見ていなかったのですが、数年前から再び相撲が面白いと感じるようになり、毎場所の大相撲観戦を欠かさなくなっています。

今年初開催となる大相撲初場所(両国国技館)で、平幕の栃ノ心(春日野部屋)が14日目にして優勝を決めました。

大相撲初場所は、平幕の栃ノ心が27日(14日目)の取組に勝って1敗を守り、28日の千秋楽を待たずに初めての優勝を果たしました。平幕力士の優勝は平成24年夏場所の旭天鵬以来6年ぶりです。

引用:NHKニュース(2018年1月27日)

6年前に旭天鵬が優勝した時は、新聞でニュースとしては見てましたが、相撲熱は冷めてた頃だったのでテレビ観戦はしていません。今回久々にテレビで平幕力士が優勝する瞬間を見ることが出来て、胸を打つものがありました。

栃ノ心は期待の星と言われながら怪我が相次いですごく苦労した末の初優勝なんです。

大相撲初場所で初優勝を決めた栃ノ心は「本当にうれしい。こんな日が来るとは思っていなかったし、きょうは最高の日になった」と笑顔で喜びを語りました。

そして4年半前に右ひざの大けがで幕内から下まで落ちた経験を踏まえ、「けがで入院したときは辞めようと思うくらい落ち込んだこともあったが、けがが治り、稽古場におりて気持ちが前向きに変わった。ここまで応援してくれた皆さんに感謝しかない」と話していました。

栃ノ心はジョージア出身の30歳。日本に来る前は柔道やロシア生まれの格闘技、「サンボ」を学びました。

18歳の時の平成18年春場所で初土俵を踏み、恵まれた体格を生かした力強い四つ相撲で出世を続けました。初土俵から2年後の平成20年夏場所に新入幕を果たすスピード出世で、さらに平成22年名古屋場所では小結まで昇進しました。

その後も幕内に定着していましたが、平成25年名古屋場所の取組で右ひざのじん帯などを断裂する大けがを負い、4場所続けて休場、幕下にまで転落しました。

ここから栃ノ心は努力を重ね、復帰した場所から幕下と十両で4場所連続優勝、1年後には幕内に返り咲きます。

力強い四つ相撲はけがを経てさらに磨きがかかり、平成28年名古屋場所では自身最高位となる関脇にまで番付を上げました。

今場所はけがをした右ひざの状態もよく、立ち合いの鋭さも加わって序盤から白星を積み重ねていました。

引用:NHKニュース(2018年1月27日)

デビュー2年で新入幕、さらに4年で三役にまで上り詰める栄光を経験し、その後に大怪我で幕下の下位まで転落してしまうという挫折も経験し、再び這い上がって30歳にしての初優勝ですから、本人だけでなく家族も関係者も皆さん感無量だと思います。

栃ノ心の出身地に関する誤解

栃ノ心が大躍進を続けた今場所、出身の「ジョージア」という名前が注目を集めました。

SNSのトレンドワードとして度々「ジョージア」の文字が登場していたのですが、内容を見てみると

「アメリカ人の優勝って久々」
「栃ノ心ってアメリカ出身だったんだ」

というものが少なからずありました。

おいおい待てよ、って話。確かにアメリカには「ジョージア州」があります。でも大相撲中継をキチンと見てたら、そういう勘違いは発生しないはずなんですけどね。

ジョージア出身の栃ノ心が優勝し、出身国としては日本以外ではアメリカ、モンゴル、ブルガリア、エストニアに続いて5か国目となります。

引用:NHKニュース(2018年1月27日)

テレビ観戦してると、対戦力士の登場時、力士名の横に出身と部屋名が表示されます。たとえば琴奨菊関なら「福岡・佐渡ヶ嶽」という風に。場内アナウンスでも「福岡県、柳川市出身、佐渡ヶ嶽部屋」と紹介されます。

栃ノ心の場合は「ジョージア、ムツヘタ出身、春日野部屋」と毎日紹介されてます。「アメリカ、ジョージア出身」とはアナウンスされてません。

たぶん大相撲中継を見てない人たちが主に勘違いしてると思います。もし大相撲ファンが勘違いしてるのなら、トランプに「フェイクファン」と呼ばれ、プーチンに一本背負いで投げられるしかないでしょう。

ジョージアってどこ?

では栃ノ心が生まれたジョージアってどこだ、という話ですが、ヨーロッパと中東の間くらいの位置にあります。

ヨーロッパにある大きな湖「黒海」の東側に面する小さな国がジョージア。国境の北はロシア、南はトルコ、東はアゼルバイジャンに面しています。首都はティビリシ。栃ノ心が生まれたムツヘタはティビリシの少し北に位置する、山と川に囲まれた町のようです。

ゲルゲティ・サメバ教会

ジョージアの風景をいろいろ探っていくと上の写真が見つかりました。「ゲルゲティ・サメバ教会(ゲルゲティ三位一体協会)」という建物だそうです。カズベキ山という標高の高い山も見えるらしく、なかなか風光明媚な場所のようです(行くのは大変そうだけど)。

ジョージアは少し前まで「グルジア」と呼ばれていた国。グルジアなら「ああ聞いたことある」という人もいるでしょう。

グルジアは昔、ソビエト連邦(ソ連)に加盟しており、1991年12月にソ連が崩壊するよりも少し前、1991年4月に「グルジア共和国」として独立。これ以降「グルジア」という国名で呼ばれていました。

2008年8月にロシアとグルジアの間で紛争が勃発(ロシア・グルジア戦争)。翌2009年には日本とグルジアの外相会談でグルジア側から「グルジアという読み方はロシア語の発音に基づいているため、英語発音の『ジョージア』に変更してほしい」という申し出がありました。

これを受けて安倍内閣により2015年の国会で法律が改正され、日本政府としても正式にグルジアではなく「ジョージア」という国名で表記・呼称するよう変更されたのだそうです。

グルジア国民もロシアに対する悪感情から「グルジアではなくジョージア!」という想いが強かったらしいです。読売新聞朝刊に、栃ノ心とジョージアにまつわる記事が載ってました。面白かったので引用します。

大相撲の平幕、栃ノ心の出身国が、ロシア語由来の「グルジア」から英語発音の「ジョージア」に変わったのは約3年前である。

故郷の国はかつてロシアと武力衝突を経験した。以降、国の名をジョージアとするよう世界に訴えて、日本でも正式に呼称が改められたことによる。その運動にどれほど貢献したかは定かではないものの、栃ノ心が祖国のために英語名の缶コーヒーを愛飲する、という記事をスポーツ紙で読んだ覚えがある。

引用:読売新聞「編集手帳」(2018年1月27日朝刊)

ジョージア(=グルジア)の英語表記は「Georgia」で、アメリカ南部にあるジョージア州の「Georgia」と全く同じ表記。

1996年にアメリカで開催されたアトランタ五輪(アトランタはジョージア州にあります)では、グルジア選手団の入場時に英語の「ジョージア」で場内にアナウンスされ、地元ジョージアの観客が大声援を送ったというエピソードもありました。

グルジア出身の人ですぐ私が思い付くのは「ビターゼ・タリエル」という格闘家。格闘技ファンならピンと来た人いるかなあ。

プロレス団体「UWF」が崩壊・解散した後に前田日明が設立した「リングス」という格闘技団体があり、そこでチャンピオンにもなった空手をベースとする選手で、極真会館のグルジア支部長も務めていたのがビターゼ・タリエル。

他にグルジア(ジョージア)出身の有名人・著名人で思い浮かぶのは、どうしても格闘家が多くなってしまいます。

◆ビターゼ・アミラン(リングス選手。ビターゼ・タリエルの実弟)
◆グロム・ザザ(リングス選手)
◆ショータ・チョチョシビリ(柔道家。アントニオ猪木と異種格闘技戦を闘い勝利)
◆ダヴィド・ハハレイシビリ(柔道家。バルセロナ五輪の決勝で小川直也に勝って金メダル獲得)
◆黒海(大相撲力士。ヨーロッパ初の力士。2012年引退)
◆臥牙丸(大相撲力士。平成30年初場所の番付は西十両5枚目)

あとは、旧ソ連で最後の外務大臣を務めていたシュワルナゼという政治家はグルジア出身でした。後に独立したグルジアで大統領に就任しています。

欧州グルジアと米国ジョージアはビートルズがネタにしてた

グルジアの英語表記がジョージアだというのは、ビートルズのコアなファンならずっと昔から知っているかもしれません。かく言う私も以前から知っていました。

1968年にビートルズがリリースした「ザ・ビートルズ」というアルバム(通称「ホワイト・アルバム」)、この1曲目に収録された「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」という楽曲があります。

英語曲名は「Back in the U.S.S.R.」。USSRとはソビエト連邦(Union of Soviet Socialist Republics)の略称。

Back In The U.S.S.R.

Back In The U.S.S.R.

収録アルバム『The Beatles (The White Album)ザ・ビートルズ EMI CatalogueAmazonデジタルミュージック

この曲はいろいろとパロディー精神にあふれまくった楽曲として有名なのです。

まず曲タイトルと曲の構想はチャック・ベリーの「バック・イン・ザ・USA」(Back In The U.S.A.)のパロディー。「アメリカに帰ってきたぜ」というのをビートルズは「ソ連に帰ってきたぜ」に変えています。

Back in the U.S.A.

Back in the U.S.A.

収録アルバム『Chuck Berry: Only the Best (Remastered Version)チャック・ベリー Unforgettable RecordAmazonデジタルミュージック

また、曲中における歌詞のアイデアとコーラスの歌い方はビーチ・ボーイズが1965年にリリースした「カリフォルニア・ガールズ」(California Girls)のパロディー。

California Girls (2001 Stereo Remix)

California Girls (2001 Stereo Remix)

収録アルバム『The Very Best Of The Beach Boys: Sounds Of Summerビーチ・ボーイズ Capitol CatalogAmazonデジタルミュージック

「カリフォルニア・ガールズ」は、人気ロックバンド「ヴァン・ヘイレン」を脱退してソロに転向したデイヴィッド・リー・ロスが1985年にカバーしたバージョンも趣が違ってなかなか良いです。

California Girls

California Girls

収録アルバム『Crazy From The Heatデイヴィッド・リー・ロス Warner Bros.Amazonデジタルミュージック

「カリフォルニア・ガールズ」の最初の歌詞1番とサビ部分に、アメリカのいろんなところの女の子を誉めている表現があります。

Well East coast girls are hip I really dig those styles they wear
(そうだね、東海岸の女の子たちはオシャレだし、着ている服も大好きだ)

And the Southern girls with the way they talk, they knock me out when I’m down there
(南部の女の子たちは話し方が可愛くていつもノックアウトされてしまう)

The Midwest farmer’s daughters really make you feel alright
(中西部の農家の娘たちは本当に心地良くさせてくれるし)

And the Northern girls with the way they kiss, they keep their boyfriends warm at night
(北部の女の子たちのキスの仕方なんて、恋人たちは夜通し温めてもらえるよ)

I wish they all could be California girls
(あの女の子たち全員がカリフォルニア(西海岸)にいたらいいのにね)

この歌詞表現をビートルズのポール・マッカートニーは「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」の中で「アメリカ各地の女の子たち」を「ソ連各地の女の子たち」に置き換えてパロディーの歌詞を書いてます。

Well the Ukraine girls really knock me out, they leave the West behind
(そうだね、ウクライナの女の子にはいつもノックアウトされてしまうよ、西側の女の子たちも負けちゃうね)

And Moscow girls make me sing and shout
(モスクワの女の子たちは僕に「歌って」「叫んで」と言ってくる)

That Georgia’s always on my mi mi mi mi mi mi mi mind
(「グルジア(ジョージア)はいつも我が心に」と歌ってあげるよ)

歌詞に登場する「Georgia on my mind」はアメリカで有名なジャズのスタンダード・ナンバーで、邦題(日本語曲名)は「我が心のジョージア」。

1960年にレイ・チャールズのリリースしたバージョンが有名。日本の缶コーヒー「ジョージア」のCMソングとして長い間テレビで流れていました(レイ・チャールズのバージョンではなかったですけどね)。

Georgia on My Mind

Georgia on My Mind

収録アルバム『The Ultimate Collectionレイ・チャールズ Not Now MusicAmazonデジタルミュージック

【追記】

「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を作ったポール・マッカートニーはソ連の加盟国「グルジア」とアメリカの「ジョージア州」が英語では同じ単語であることに目を付けて、ソ連の曲を書くにあたり名曲「我が心のジョージア」をダブルミーニングとして使ったというわけ。

ちなみに東西冷戦まっ只中の1987年、ビリー・ジョエルが冷戦勃発後では初めて西側アーティストとしてソ連のモスクワとレニングラードでライブを開催した際に「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を熱唱して大いに盛り上がっている様子がライブビデオに収録されていました。

バック・イン・ザ・U.S.S.R.

バック・イン・ザ・U.S.S.R.

収録アルバム『コンツェルト-ライヴ・イン・U.S.S.R.-ビリー・ジョエル Sony Music Direct(Japan)Inc.Amazonデジタルミュージック

また楽曲を作った本人のポール・マッカートニーも2003年5月にロシアの「赤の広場」でライブを開催し、本家「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を披露しています。

りくま ( @Rikuma_ )的まとめ

ジョージア出身の栃ノ心が優勝し、そういえばビートルズにもジョージア(グルジア)ネタがあったことを思い出し、今回まとめてみました。

最後に上でも引用した読売新聞朝刊の「編集手帳」で、締めの文章にも笑ったので最後に付け加えておきます。

かつて琴欧洲が活躍したとき、相撲部屋の冷蔵庫は故郷ブルガリアの名を冠するヨーグルトで満たされた。ジョージアの飲料会社はどうするだろう?

栃ノ心のもとにも缶コーヒーが1年分くらい贈られるといいですね。

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