[Я]懐かしの道成寺散策:アナタは安珍清姫の物語を知っているか

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子供の頃、数多く訪れた場所

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↑今回の旅行で訪れたかった「懐かしい場所」は幾つかあったが、今回紹介する「道成寺(どうじょうじ)」もその1つ。

子供の頃、道成寺に来た回数は数え切れない。家族でも、そして学校行事でも毎年必ず来てたはず。

今回の旅行初日、和歌山市でお世話になったお友達も「道成寺は学校遠足の定番」と教えてくれた。私はこの街で育ったので、それこそ道成寺は「最も近い寺」だった。

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↑JR道成寺駅。この駅の記憶は全くない。そもそも道成寺に駅があることすら知らなかった。電車で来たことが1回もないから。なのでおそらく今回が初の訪問だろう。

いつも家族と一緒に車で来るか、学校の用意するバスで来てた。今回、初めて徒歩で道成寺に辿り着く。道成寺まで歩いて向かう日が来るなんて思いもしなかった

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↑道成寺といえば、安珍清姫の物語が有名である。

ここでいきなり脱線しちゃうのだが。

安珍清姫の物語。このブログを読んでる人のうち、いったい何人がその物語をご存知なのだろうか。

奥州から紀州和歌山にやってきた修行増、安珍。彼に一目惚れした紀州の娘、清姫

清姫に再会を迫られ、優しい安珍は断ることが出来ずに承諾してしまうのだけど、そこは安珍、修行の身。女にウツツをぬかしてる場合ではない。先を急ぐ安珍。約束の場所で待つも安珍は来ず、裏切られたと悟る清姫。

執念で後を追う清姫。そして遂に安珍を捕捉。しかし安珍、「は? ボク安珍なんて名前じゃねえっす」としらばっくれて別人のフリしつつ逃亡。ブチギレながら追う清姫。

日高川に辿り着き、安珍は舟に乗る。一方の清姫は、安珍が船頭に「あいつ乗せないで!」と頼み込んだこともあり、乗船を拒否される。さあ〜清姫は怒った!怒り過ぎた清姫、大蛇へと変貌

大蛇と化した清姫は泳いで日高川をクリア。恐怖に震える安珍は近くの道成寺に避難。道成寺の僧たちは釣り鐘を下ろし、安珍はその中に隠れる。

怒りの頂点で火まで噴き始めた大蛇清姫は、道成寺の長い長い階段を這って上り、釣り鐘を発見。そこに安珍が身を潜めていると知り、釣り鐘に巻き付き、怒りの炎で安珍を焼き殺してしまう。その後、清姫は蛇の姿のまま日高川に入水し、生涯を終える。

これ、ハリウッドが映画化したらかなり怖いホラー映画になるんじゃねえか

和歌山県民なら多くが知ってる話なのだけど

和歌山に住んでた頃、この物語は有名だと聞いてたので、日本中の誰もが知ってるのだと信じ切っていた。能や長唄、人形浄瑠璃の題材にもなったというし、「娘道成寺」という名で歌舞伎でも演じられてると聞いたから、これは全国区なんだろうなと。

しかし鳥取でも福岡でも、誰一人としてこの話を知らない

あんちん? きよひめ? それ誰だよ」のレベル。そして私は「ローカルレベル」という言葉と、その意味を学んでいくのであった。

ちなみに鳥取でも「因幡の白うさぎ」という有名な民話がある。「有名な」と意図的に書いてるんだけど、これも鳥取にいた頃は日本中のみんなが知ってる話だと信じ切ってたが、やっぱり他県の人たちは「聞いたこともない」のレベルだった。

本まで出てるのに何故知らないの?と鳥取県民からすれば不思議でならんのだけど、そんなもんなのだ。ローカルレベル。

長い長い階段に再会…ってアレ?

話を戻す。昔は数多く訪れた道成寺だが、それでも30年以上前の話。ほとんど記憶に残ってないのだけど、唯一ハッキリと覚えてたのは、本堂までの長い長い階段

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↑その階段に辿り着いた。懐かしい〜!っていうよりも先に、あれ?という違和感。

階段、こんなに短かったか?

子供の頃は「果てしなく続く階段」のような気持ちで上ってた記憶が刻まれてるのだけど、住んでた街や母校を散策した時に感じたのと全く同じで、ここでも「子供と大人で尺が違う」という現実を知る。

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↑長い長いと思ってた階段。大人になって再訪すると印象が全然違う。この段数なら近所の神社にもあるし、この倍以上ある階段を最近ウォーキング大会で幾つも上ってる。

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↑すんなり上れた。ウォーキングで3年鍛えてきたおかげもあってか、息も全く切れてない。昔は上り終えてフウフウ息を切らしながら「疲れた〜!」と叫んでた階段最上部。

階段を見下ろすこの光景で記憶がフラッシュバックする。生涯忘れることの出来ないアクシデントが子供の頃にあった。今もハッキリと覚えてるその出来事の回想は後ほど。

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↑境内への入口となる山門。仁王門とも言うらしい。

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↑山門の左右には仁王像。こんなのあったっけか。

久々に入った道成寺の境内は…

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↑境内に入る。十王堂。

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↑最初にあった道成寺の釣り鐘は前述した伝説の通り、清姫によって焼失したとされていて、2代目の釣り鐘が上の写真の箇所にあったらしい。戦国時代の紀州討伐で、豊臣秀吉がその2代目釣り鐘を京に持ち帰り、現在は京都市の妙満寺ってところに奉納されてるんだとか。

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↑三重塔。

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↑これが本堂。

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↑国指定の重要文化財となっている。30年ぶりの再訪。懐かしさと感謝の気持ちを込めて手を合わせてきた。

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↑ほほーう。初代の釣り鐘はここに置かれてたのではないかとのこと。ここが事件現場ってことか。

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↑平日、朝の早い時間帯だったので、参拝者は私一人の貸し切り状態。ゆーっくり境内を散策したのだけど、長い階段以外の記憶は全く残ってなかった。境内に入ったらいろいろ思い出すかなと期待してたんだけど、階段しか思い出がない。

生きた心地がしなかった思い出

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↑その階段。私には4歳下の弟がいるのだけど、その弟が小学校低学年だった時、家族全員で道成寺を訪れた帰り、この階段をピョンピョン飛び跳ねながら下りていた弟は、やがて勢いが止まらなくなり、階段を猛烈な勢いで駆け下り始めた

最初は弟がふざけてるのだと思ってた私や両親。やがて異変に気付き、階段最上部から「止まれー!」「危ない!!」と絶叫するが、弟は止まらない。加速し過ぎていて、小学生の脚力では止まれなかった。

これは大変なことになったと察し、慌てて階段を下りる両親と私。1歩でも階段を踏み外したら転倒して大怪我。最悪の場合、死んでしまうかもしれない。

幸いにも、弟は1段1段をキッチリと踏みながら全ての階段を走り抜け、平坦な場所に下りた途端にステンと転倒。オデコを少し切って血が出たのと、ズボンのヒザ部分に見事な穴が開いた程度の軽傷で済んだ。しかしあの時の「生きた心地がしなかった思い出」は今も覚えてる。今回久々の訪問でも鮮明に思い出した。

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↑階段を終えると、売店が建ち並んでいる。道成寺名物の「釣鐘まんじゅう」。これを親に買ってもらって食べるのが私と弟の楽しみだった。

和歌山名産の「金山寺みそ」もある。福岡では「もろみ」と呼ばれてる発酵味噌で、和歌山にいた頃は毎日のように食べてた。今も大好物。

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↑和歌山といえば、やっぱり梅干し。梅の収穫量が日本一の和歌山。特に南高梅ブランドは粒も大きく味わいも深くて本当に美味しい。金山寺みそも梅干しも、和歌山に住んでたからこそ今も大好きな味。

最後の目的地へと向かう

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↑JR御坊駅。全然記憶になかったけれど、この駅には何度も来たことがある。

今回は道成寺駅からではなく、懐かしい御坊駅から電車に乗ると決めてたので、道成寺から御坊駅まで徒歩で移動した。午前中だけでもかなりの距離を歩いたが、全然疲れなかったし、楽しかった。

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↑JR紀勢本線(=今は「きのくに線」とも呼ぶらしい)の普通列車に乗って和歌山方面へ向かう。あと1つだけ、訪れたい場所が残ってる。

今回の和歌山旅行で唯一の心残りは「太平洋に行けなかったこと」。和歌山市内を散策してる時に少しだけ太平洋を見ることが出来たけれど、海の風景という感じでは無かった。御坊の近くにも海はあるのだけど、時間の都合でどうしても行けなかった。

日本海はしょっちゅう見てるけど、太平洋はずいぶん長いこと見てないので、写真だけでも撮りたかった。

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↑JRに乗って移動中、加茂郷駅から冷水浦駅に向かってる途中で綺麗な海の景色が窓の外に広がったので、電車の中からたくさん写真を撮った。これが今回の旅で唯一の「太平洋との遭遇」。これだけでも嬉しかった。

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